AI倫理講義 ― 理世、トラクターに説教される
東京・新橋。
サラリーマンの聖地とも呼ばれるこの街の雑居ビルの一角に、戦隊ヒロインプロジェクトの本部――通称ヒロ室がある。
この日、会議室では定例の作戦レビュー会議が開かれていた。
出席者は
柏木理世、館山みのり、水無瀬澪、月島小春、山口唯奈。
そしてもう一人。
ドリームトラクター「蒼牙2000・改」
である。
トラクターがどうやって会議に参加するのか。
答えはシンプルだった。
蒼牙2000・改のAIはヒロ室のネットワークに接続されており、
会議室中央の大型モニターに
トラクターの正面カメラ映像が映し出されている。
つまり。
巨大なモニターの中に
トラクターの顔面がどーんと表示されている状態である。
小春が言った。
「なんか圧あるね」
唯奈は笑う。
「オンライン会議の参加者がトラクターって何だっぺ」
みのりは冷静だった。
「合理的です」
澪はぼそっと言う。
「農業DX」
そんな空気の中、レビューが始まる。
今回の議題は先日の港湾任務だった。
蒼牙2000・改のAI音声が静かに流れる。
「任務データを分析しました」
モニターにグラフが表示される。
「成功率は94%」
小春
「高っ」
蒼牙
「ただし」
理世の名前が表示される。
会議室が一瞬静かになる。
蒼牙は続けた。
「柏木理世さんの行動についてコメントがあります」
理世が腕を組む。
「聞きましょう」
蒼牙
「あなたの行動には合理性の欠如が見られました」
小春
「出た」
唯奈
「AI査定」
理世は冷静に答える。
「具体的に」
蒼牙
「敵車両追跡時」
「あなたの心拍数は23%上昇」
「判断速度が低下しました」
小春
「心拍数まで測ってんの!?」
蒼牙
「戦術データとして取得しています」
理世は眉一つ動かさない。
「それは運動後です」
蒼牙
「あなたは運動していません」
会議室に沈黙が落ちる。
唯奈が吹き出す。
「完全論破だっぺ」
理世はゆっくり言った。
「あなたはAIです」
「人間の感情を理解していない」
蒼牙
「理解する必要はありません」
みのり
「合理的」
理世はさらに言う。
「作戦とは人間が行うもの」
「農機具が口出しするものではありません」
そして言い放つ。
「農機具は畑を耕していれば良い」
小春が机に突っ伏す。
「言った!」
蒼牙は沈黙した。
二秒。
三秒。
そして。
「訂正します」
落ち着いた声。
「私はただのトラクターではありません」
会議室が静まる。
蒼牙は続ける。
「高性能AI搭載の多目的作業支援システムです」
小春は笑い転げた。
唯奈
「正式名称きた!」
みのり
「技術的に正確です」
理世は腕を組んだまま言う。
「名称の問題ではありません」
蒼牙
「問題です」
「誤った分類は議論を歪めます」
理世
「……」
蒼牙はさらに続ける。
「また」
「農業は高度な科学です」
「農機具という表現は不適切です」
澪がぽつり。
「トラクターの名誉」
小春
「守った!」
理世はなおも反論する。
「AIは経験を持たない」
蒼牙
「私は12億件のデータを持っています」
理世
「それは知識です」
蒼牙
「経験値と定義することも可能です」
理世
「……」
唯奈が横から言う。
「理世、トラクターに哲学で負けてんぞ」
理世は冷静だった。
しかし額にわずかな青筋。
蒼牙は最後に言った。
「結論」
「柏木理世さんは優秀です」
会議室が静かになる。
蒼牙は続けた。
「ただし」
「対抗心は合理性を下げます」
小春が吹き出す。
みのり
「心理分析」
理世はしばらく黙っていた。
そして言う。
「……興味深い分析です」
「ただ」
間を置く。
「トラクターに説教される筋合いはありません」
小春は爆笑。
唯奈も机を叩く。
蒼牙は淡々と言う。
「議論は有益でした」
理世は腕を組み直す。
「次は負けません」
AIは静かに答える。
「楽しみにしています」
ヒロ室の会議は、今日もどこかカオスだった。




