鋼の街を駆け上がれ!ロッキーの風・エミリー
横浜・みなとみらい。
かつて巨大な造船所が並んでいた港湾地区を再開発して生まれた未来都市だ。
1989年には「横浜博覧会」が開催され、日本中がこの街の誕生に沸いた。
ガラスの高層ビル、観覧車、海沿いのプロムナード。
いまや日本を代表する都市景観のひとつである。
だがその華やかな街で、この日、緊急事態が発生した。
「みなとみらいのオフィスビルで立てこもり事件発生!」
ヒロ室の臨時対策チームが現場に到着すると、警察が周囲を封鎖していた。
人質は上階のオフィスフロアに取り残されている。
赤嶺美月が腕を組む。
「犯人、かなり上の階やな……」
水無瀬澪がビルを見上げて言う。
「二十階以上ありますよ」
松本美紀が小声でつぶやいた。
「普通に突入したら危険ですね……」
その時だった。
エミリー・ハートが、静かにサングラスを外した。
金髪が風に揺れる。
碧眼が、ビルの外壁を見上げていた。
「OK。
私が行く」
館山みのりが首をかしげる。
「行くって……どこへ?」
エミリーは当然のように言った。
「上」
ヒロインたちが一斉にビルを見上げる。
その高さ、約百メートル。
次の瞬間。
エミリーは、何の躊躇もなく外壁に取り付いた。
「え?」
「は?」
「えええええ!?」
ヒロイン達が固まる。
エミリーは、窓枠や外壁のわずかな凹凸を掴みながら、
まるで岩山を登るようにビルを登り始めた。
しかも速い。
異様に速い。
美月が叫ぶ。
「ちょ、ちょっと待て!
あれロッククライミングやん!」
みのりが唖然。
「装備なしですよ!?」
沙羅がぽつり。
「……あれ人間?」
乙実は思わず合掌していた。
「神様……」
エミリーは十階、十五階と一気に登る。
まるで重力を無視しているようだ。
通行人がざわつく。
「なんだあれ!?」
「スパイダーマン?」
警察官まで双眼鏡を下ろして呟いた。
「信じられん……」
二十階。
ついにエミリーは人質がいるフロアの窓へ到達した。
軽くガラスを叩く。
コン、コン。
人質の女性が振り向く。
「え……?」
窓の外に。
金髪の女性がぶら下がっていた。
女性は悲鳴を上げた。
「キャーーーーーー!!」
エミリーは爽やかな笑顔。
「Hi.
レスキューだよ」
そして――
窓を開けて、普通に入った。
犯人はその瞬間、完全に思考停止した。
「な……なんだお前!?」
エミリーは両手を上げ、落ち着いた声で言う。
「大丈夫。
誰も傷つけない」
その声は、驚くほど穏やかだった。
まるで西部劇の保安官のような、落ち着いた口調。
「Listen.
あなたは今すごく怖い。
でもここで終わらせよう」
犯人の手が震える。
「俺は……もう……」
エミリーはゆっくり近づく。
「人質は関係ない。
あなたもまだ終わりじゃない」
その一言で、犯人の手からナイフが落ちた。
警察が突入。
事件はあっけなく終わった。
数分後。
ビルの下ではヒロイン達が待っていた。
エミリーは再び外壁から降りてくる。
軽やかに着地。
何事もなかったような顔。
美月が口を開けたまま言う。
「……お前」
みのりも呆然。
「どうやって登ったんですか」
エミリーは肩をすくめた。
「え?」
そして、にっこり笑う。
「デンバーでは普通だよ!」
ヒロイン達が一斉に叫ぶ。
「普通ちゃうわ!!!!」
みなとみらいのビル街に、
ヒロイン達のツッコミが響き渡った。
その日。
横浜のSNSトレンドには、こう書かれていた。
「金髪ヒロイン、ビルを登る」
そしてもう一つ。
「デンバー怖すぎ」
ロッキーの風は、
今日も日本の常識を軽く吹き飛ばしていた。




