蒼牙、松山に帰る。坊ちゃん電車と大ぼら交差点
松山市は不思議な街だ。
城下町の落ち着きと温泉の湯気、そして街のど真ん中をゆったり走る路面電車。観光用の蒸気機関車風列車がカタンコトンと進み、電停の間隔もどこか優しい。日本でも屈指の“電車が日常の主役”の街である。
その松山が、この日ばかりはヒロヒロ色に染まった。
主役は――
ドリームトラクター「蒼牙2000・改」(愛媛)。
操縦するのは唯奈(茨城)。
その横で自転車を構えるのが元女子競輪選手・大西結月(香川)。
イベント名は意味不明。
「里帰りライン走行!坊ちゃん電車と未来をつなげ!」
誰が考えたかは言うまでもない。
ノムさん(広島)が胸を張る。
「松山は蒼牙の故郷じゃ!歴史的凱旋じゃ!」
すかさず広島支部長・江波のどか(広島)が冷静に言う。
「歴史的は言い過ぎです」
しかしノムさんの野村ラッパは止まらない。
「この瞬間、松山は世界の中心じゃ!」
「やめてください」と、のどか。
会場はすでに笑っている。
蒼牙2000・改がゆっくりとスピーカーを震わせた。
「わしはのう、ここ松山の工場で生まれたんよ」
突然の流ちょうな伊予弁。
観客、ざわつく。
「井坂農装松山工場で生産され、群馬の太田すみれ(群馬)の工場で二度の魔改造を受け、新たな命を吹き込まれたんよ。じゃけん、ここは里帰りじゃけんのう」
拍手喝采。
子どもが叫ぶ。
「トラクターが喋ったー!」
結月が横で真顔になる。
「……私よりトーク上手いですね」
唯奈が操縦席で笑う。
「蒼牙、今日は張り切ってるっぺ」
蒼牙はさらに続ける。
「松山の風は柔らかいのう。路面電車も優しい音で走るけん。わしも今日は優しく走るけん」
会場、完全に掴まれる。
そこへ登場するのがみーちゃん(愛媛)。
さらに古巣の「オレンヂ☆ステップ」も加わり、ステージは一気に地元祭り状態。
みーちゃんが高らかに宣言する。
「松山は技術と文化の町!蒼牙もその誇りです!」
オレンヂ☆ステップのダンスが始まり、蒼牙の横を結月が自転車で並走。
路面電車を背景に、蒼牙が堂々の先行。
結月が番手につき、軽やかにラインを組む。
観客はなぜか
「蒼牙コール!」
完全に競輪場のノリ。
ノムさんが絶叫する。
「蒼牙、先行!結月、番手!これは芸術的ラインじゃ!」
のどかが即座にマイクを奪う。
「ライン芸術という表現は誤解を招きます」
爆笑。
蒼牙はさらに伊予弁を続ける。
「松山の子ら、元気かいのう。わしは帰ってきたけん。成長して帰ってきたけん」
観客から「おかえりー!」の声。
結月がぼそっと言う。
「トラクターの凱旋イベントって何なんですかね」
唯奈が真面目に頷く。
「でも、なんかええっぺ」
最後は蒼牙が締める。
「わしは松山生まれ、全国育ち。これからも走るけん。ほなまた帰るけん」
大歓声。
ノムさんが最後に叫ぶ。
「次は坊ちゃん電車とガチ勝負じゃ!」
のどかが即止める。
「それは許可が下りません」
会場、爆笑の渦。
松山の空は穏やかだ。
路面電車は変わらぬリズムで走り、蒼牙は誇らしげにエンジンを鳴らす。
里帰りとは、こんなにも賑やかで、こんなにも温かいものなのか。
結月は自転車を押しながら小さく笑う。
「今日は、完全に蒼牙が主役ですね」
蒼牙が応じる。
「結月さんも立派なラインじゃけん」
トラクターに励まされる元競輪選手。
松山は今日も平和だ。
そしてSNSにはこう流れる。
「蒼牙の伊予弁、完成度高すぎ」
「ノムさん止められてるの面白い」
「これぞヒロヒロクオリティ」
蒼牙は、故郷で完全にスターになっていた。




