渡月橋を抜けた最終直線。番手発射、蒼牙スプリント
京都・嵐山。
渡月橋の向こうに山並みが広がり、竹林の小径には観光客が行き交う。風情と静けさの街――だが、その外周道路は意外とスピードが出る。観光バス、タクシー、配送車両。一本道の直線と緩いカーブが続く、いわば“公道のバンク”だ。
その日、嵐山外周で違法機材を積んだワゴン車が逃走を開始した。
「対象、北側ルートへ!」
無線が響く。
唯奈(茨城)がハンドルを握るドリームトラクター蒼牙2000・改(愛媛)がゆっくりと前に出る。
『進路良好。追走可能です』
だが、蒼牙2000・改は大型車両。小回りは利くが、先頭で風を受け続ければ失速する。
隼人補佐官の声。
「ラインを組め。番手発射だ」
一歩前へ出たのは、大西結月(香川)。
「私が引きます」
唯奈が目を丸くする。
「先行するっぺ?」
結月はヘルメットを締め、ロードバイクを構える。
「蒼牙、番手お願いします」
『了解。番手死守』
トラクターが番手。
もはや誰も突っ込まない。
スタート。
結月が前へ出る。
一定ペース。呼吸は静か。脚は軽い。
観光道路の横風を正面から受ける。
「風、強いなぁ」と唯奈。
「任せてください」
結月が風を引き受ける。
蒼牙2000・改は真後ろで安定走行。完全にドラフティング状態。巨大な車体がぴたりと番手につく。
ワゴン車が前方で加速。
美月(大阪)が無線で叫ぶ。
「逃がすなや!」
結月は振り返らない。
「最終直線でいきます」
競輪ムード満載である。
カーブを抜け、渡月橋から離れた直線区間へ。
ここが勝負どころ。
結月がペースをさらに上げる。
脚が唸る。
風が鳴る。
観光客がぽかんと見る。
「なにあれ?」
唯奈がハンドルを握り直す。
「蒼牙、準備!」
『出力、最大域待機』
残り五百メートル。
結月が叫ぶ。
「今です!」
スッと横にどく。
道を開ける。
そこから――
蒼牙2000・改が前へ出る。
番手発射。
巨体とは思えない加速。
『スプリント開始』
ワゴン車の前へ回り込む。
進路を塞ぐ。
減速。
停止。
完璧な封鎖。
静寂。
観光地に、なぜか競輪のゴール音が聞こえそうな空気。
任務成功。
結月は減速し、蒼牙2000・改の横に並ぶ。
唯奈が窓を開ける。
「結月さんのお陰だっぺ」
蒼牙2000・改が低く響く。
『結月さんの理想的な番手仕事のお陰です。本日のMVPはあなたです』
完全に殊勲コメント。
結月は少し照れながら笑う。
「いえ、発射役が完璧でした」
美月が駆け寄る。
「トラクターがスプリントて、京都で一番おもろい光景やで」
観光客の一人が呟く。
「嵐山、今日は速いな」
渡月橋の向こうで夕陽が沈む。
風情の街で繰り広げられた、ライン戦の美学。
先行、番手、発射。
結月が風を受け、蒼牙2000・改が決める。
競輪で培った戦術が、公道で炸裂した日だった。
唯奈が最後に笑う。
「また組もうな、ライン」
結月は頷く。
「いつでも、番手仕事します」
嵐山の風が、今日も静かに吹き抜けていった。




