最終直線は空の上。屋上回廊、捲り一閃
大阪市内の高層ビル群。
ガラス張りの外壁が夕陽を反射し、地上では人波が途切れない。だがその上、ビルとビルを結ぶ屋上連絡通路は、風が強く、足音がやけに響く静かな世界だ。
その日、重要施設の認証キーを奪った犯人が屋上回廊へ逃走。地上封鎖は済んだが、上空ルートは盲点だった。
「対象、屋上通路へ侵入!」
無線が飛ぶ。
赤嶺美月(大阪)が拳を握る。
「上かいな!」
西園寺綾乃(京都)は冷静に状況を見渡す。
「地上は混雑。上からの制圧が最適どすな」
白浜麻衣(和歌山)が息を整える。
「風、強いですね……」
エレベーターで屋上へ。だが通路は幅が狭い。全力疾走は危険。押し合えば転落のリスクもある。
犯人は鍵を握り、連絡通路を走る。短い直線と急カーブの連続。まるで人工のバンクだ。
そのとき、結月が静かに言う。
「折りたたみ、使えますか?」
屋上保守用の小型バイク。軽量、ハンドルは低い。
美月が驚く。
「ここで走るんか!?」
結月は頷く。
「追い込みます。でも、今はまだ行きません」
綾乃が目を細める。
「まさか……泳がせるおつもりどすか?」
結月は小さく笑う。
「脚を使わせます」
犯人は全力で走る。通路の風が強まり、体勢が不安定になる。
結月は後ろで一定距離を保つ。呼吸は整い、視線は冷静。
「最終コーナーまで」
通路がわずかに広がる区間がある。最後の直線。
そこへ入る瞬間。
「今です」
ギアを上げる。
踏み込む。
屋上に風切り音が響く。
美月が叫ぶ。
「速っ!」
麻衣が目を丸くする。
「自転車って、そんな音出るんですか……?」
結月は外側から加速。犯人の横へ並ぶ。
捲り。
一気に前へ出る。
進路を塞ぐ。
犯人は慌てて減速。
その瞬間、結月が腕を伸ばす。
鍵を掴む。
静止。
風だけが吹く。
犯人、呆然。
「なんで……」
結月は息を整えながら言う。
「位置取りです」
美月が追いつく。
「位置取りで全部いけるんか!」
麻衣がほっと息をつく。
「無事でよかったです……」
そして綾乃。
はんなりと扇子を開くように一言。
「まあまあ……屋上で捲りとは、風情がございますわ」
結月が振り向く。
「風情、ですか?」
「ええ。空の上で競輪なさるとは。京都ではなかなか見られへん光景どす」
任務成功。
地上へ戻るエレベーター内。
美月が結月をじっと見る。
「ほんま、競輪やってたんやな」
「やってました」
綾乃が静かに続ける。
「本番であれだけ冷静なのは、修羅場をくぐってはる証拠どすな」
結月は少しだけ照れる。
「バンクも屋上も、曲がり角は同じです」
麻衣が感心する。
「でも、落ちたら大変でしたよ?」
「落ちません」
即答。
全員、苦笑。
ビルの谷間に夜景が灯る。
屋上連絡通路は再び静寂を取り戻す。
今日の任務は派手ではない。
だが確実だった。
最終直線での捲り。
競輪で磨いた一瞬の判断。
空の上でも、結月の脚は迷わない。
そして綾乃が最後にぽつり。
「次は地上でお頼みしますえ。屋上は心臓に悪いどす」
結月は笑う。
「最終直線があれば、どこでも行けます」
大阪の夜風が、高層ビル群をすり抜けていった。




