ペダルは止まらない。山を越えて命を運べ
中国地方のとある山間部。
その日、記録的豪雨によって大規模な土砂崩れが発生した。山肌が崩れ、道路は寸断。孤立した小さな集落があるという報が入る。
「負傷者あり。止血剤と応急処置キットを至急搬送せよ」
無線が緊迫する。
山口唯奈(茨城)が彼氏以上の存在という相棒のドリームトラクター蒼牙2000・改(愛媛)のエンジンを唸らせる。
だが、一本道の手前で全員が沈黙した。
道が――消えている。
蒼牙2000・改がスピーカーから低い声を出す。
『無念です』
伊吹真白(岐阜)のカンガルーマークのトラックも立ち往生。
「これは……到底無理ですね」
隼人補佐官(東京)が歯を食いしばる。
徒歩では時間がかかる。負傷者は出血が多いという。
その時だった。
「私が行きます」
大西結月(香川)が前に出た。
「自転車なら、抜けられます」
用意された業務用カーゴバイク。後部に医療キットを固定する。
ぬかるんだ山道。
崩れかけた斜面。
細い橋。
誰かが言う。
「危険すぎる」
結月はヘルメットをかぶる。
「競輪よりは、優しい道です」
それはたぶん違う。
だが目は真剣だ。
スタート。
ペダルを踏む。
泥が跳ねる。
前輪が滑る。
体幹で修正。
腰はもう万全。怪我を乗り越えた身体は強い。
一定のリズムで回す。
焦らない。
心拍管理。
「一定、一定」
独り言。
途中、倒木。
担ぐ。
カーゴを押す。
息が上がる。
だが止まらない。
ヒロインたちは無線越しに固唾をのむ。
みーちゃん(愛媛)が呟く。
「結月……」
唯奈が蒼牙2000・改のハンドルを握りしめる。
蒼牙2000・改がまた言う。
『彼女は、人力の希望です』
なんだそのポエムは。
やがて、崩落区間を抜ける。
目の前に集落。
人影。
「来た!」
住民たちが駆け寄る。
「ヒロインだ!」
結月は息を整えながらキットを渡す。
「まず固定して、止血剤を。焦らないで」
声は落ち着いている。
応急処置が始まる。
数分後。
安定。
安堵。
集落の空気が緩む。
「ありがとう……」
結月は汗だく。
だが笑う。
「間に合ってよかった」
無線。
隼人補佐官。
「任務成功。帰投できるか?」
「帰りは下りです」
それはそれで危険。
下山。
慎重に。
滑らない。
制動。
体重移動。
見事に帰還。
ヒロインたちが迎える。
真白が拍手。
唯奈が抱きつく。
蒼牙2000・改がエンジン音を少し上げる。
『大西結月殿、感謝します』
結月、思わず吹き出す。
「トラクターにお礼言われる日が来るとは」
隼人補佐官が真顔で言う。
「今日のMVPはお前だ」
結月は少し照れる。
「ペダル踏んだだけです」
誰かが言う。
「それができるのがすごい」
山間に夕日が差す。
派手な戦闘ではない。
爆発もない。
だが命は救われた。
結月は思う。
競輪でゴールできなかった悔しさ。
今日は、ちゃんとゴールできた。
しかも、人を運んだわけじゃない。
“希望”を運んだ。
蒼牙2000・改が最後に一言。
『次は共に走りたいものです』
結月、笑う。
「道があれば、ね」
ペダルは止まらない。
それは、命を繋ぐための回転だった。




