風を裂く太腿。瀬戸内港湾シーサイド・チェイス
舞台は瀬戸内の港湾都市――広島県尾道市。
坂と路地と猫と映画の街。海は穏やか、観光客はのんびり、ラーメンはうまい。しまなみ海道の玄関口としても知られるこの町は、本来“ゆったり”が売りである。
だがその日、無線が荒れた。
「違法物資搬送グループ、港湾倉庫から逃走!電動スクーター二台!」
ヒロイン隊、現場へ急行。
違法搬送グループは細い路地へ逃げ込む。尾道名物の“猫も通れる坂道”。パトカーは入れない。原付でもきつい。
「くそ、狭すぎる!」
美月(大阪)が叫ぶ。
その横で、大西結月(香川)が静かに言った。
「自転車、貸してください」
隼人補佐官(東京)が即座に頷く。
「いけるな?」
「いけます」
支給された戦術用軽量ロードバイクを、結月は一瞬でサドル調整。
ギア確認。
勾配を目測。
「この角度なら、三段上で踏み切れる」
誰も分からない。
スタート。
電動スクーターが唸る。
だが――
二歩目の踏み込みで、空気が変わる。
太ももが、唸る。
ダンシング(立ち漕ぎ)で一気に加速。
狭い石畳の路地を、体重移動で滑らかに抜ける。
コーナー。
インを刺す。
スクーターの後輪と並走。
犯人が振り向く。
「は!?なんで!?」
結月、涼しい声。
「風、読めてないで」
さらに加速。
坂道へ。
電動スクーターのモーター音が苦しそうに唸る。
結月の呼吸は乱れない。
競輪仕込みの心肺機能。
踏む。
踏む。
踏む。
一気に並び、横からワイヤーデバイスを放つ。
スクーターのハンドルに絡む。
減速。
転倒。
結月は鮮やかにバイクを止め、犯人を確保。
犯人、呆然。
「……なんで追いつくんだよ」
「うどん食ってますから」
言ってない。
だが言いそうな空気。
無線の向こうで他のヒロインたちが到着。
みーちゃん(愛媛)が息を切らして言う。
「速……」
さつき(徳島)が丁寧に。
「大西さん、本当に素晴らしい走りでございました」
るみねぇ(福島)がぽかん。
「おら、映像追いつがねぇがったぞ」
隼人補佐官が冷静に評価。
「電動より速い人力。理屈は分からんが結果は出た」
結月はバイクを担いで戻る。
呼吸はほぼ平常。
汗も少ない。
「これくらい、楽勝ですよ」
他のヒロインたちが同時に思う。
(楽勝……?)
尾道の坂の上から見える瀬戸内海は今日も穏やかだ。
だが犯人の心は荒れ模様。
「自転車で追ってくるとか反則だろ……」
結月は静かにヘルメットを外す。
競輪では、不完全燃焼。
だが今日は違う。
踏み切った。
ゴールした。
しかも拍手付き。
観光客がざわつく。
「あれヒロイン?」
「自転車、速すぎん?」
ノムさん(広島)がどこからともなく現れる。
「ヒロヒロでやればよかったのぅ!」
のどか(広島)が即座に止める。
「真面目な任務や」
結月、少しだけ笑う。
「次は、もう少し手加減します?」
全員。
「せんでええ」
港の風が吹き抜ける。
電動スクーターより速い太もも。
尾道の坂道は、今日から少しだけ伝説になる。
うどんより速い女がいる、と。




