だんじりより速い女、まずはストレッチから。
大阪府岸和田市。
言わずと知れた、だんじり祭りの街。
豪快に山車を引き回すあの熱量と、「やりきる」精神が町の空気に染みついている。
その岸和田のスポーツジムで、今日も一人、真面目にストレッチを指導する女性がいる。
元女子競輪選手、大西結月(香川)。
現在はスポーツインストラクター兼・戦隊ヒロイン。
肩書きの落差がすごい。
「はい、股関節からいきます。無理せんでいいです。ゆっくり」
会員たちはうなずく。
「先生のストレッチ、ほんま効くわ」
「腰、だいぶ楽になりました」
結月は本気だ。
落車で腰を強打したあの日。
長期欠場。
復帰。
成績低下。
代謝制度。
強制引退。
あの苦しさを知っているからこそ、
“故障に強い体づくり”には本気で向き合う。
「痛みは敵やけど、体は味方にできる」
名言っぽいことも言う。
会員、うなずく。
そんなある日。
ヒロイン合同イベントで軽いウォーミングアップを任される。
場所は市民体育館。
観客は親子連れ中心。
ノムさんが叫ぶ。
「今日は特別講師!国家機密級の太ももを持つ女!」
結月、ため息。
「国家機密はやめてください」
マイクを握る。
緊張。
だが今日は違う。
「今日は、だんじり前でも使える簡単ストレッチです」
観客、ざわ。
「怪我せん体づくり、やりましょう」
まずは肩回し。
「はい、ぐるぐるー」
子どもたち、楽しそう。
次に股関節。
「ゆっくりです、無理せんと」
美月(大阪)が横で騒ぐ。
「うわ、伸びる!」
みーちゃん(愛媛)も真似する。
「これ、効く!」
るみねぇ(福島)が笑う。
「おらも腰楽になっぺ」
会場が一体になる。
結月、気づく。
(あれ……盛り上がってる?)
誰も転ばない。
誰もタコを担がない。
だが、笑顔が広がっている。
最後に一言。
「無理は禁物。でも、サボりも禁物です」
観客、拍手。
ノムさんが小声で言う。
「しゃもじよりウケとる」
のどかがうなずく。
「自然体やな」
イベント終了後。
結月は一人、体育館の隅で考える。
競輪ではスピードが武器だった。
ヒロヒロでは速すぎると怒られた。
トークはまだ修行中。
だがストレッチは、違う。
「これ……使える」
メモを取り出す。
【ヒロイン式・怪我予防プログラム】
・ヒロイン用ウォームアップ
・イベント前3分ストレッチ
・だんじり仕様股関節強化
岸和田の夜。
ジムでヒロインたちに軽く指導する。
「そこ、膝内に入ってる」
「はい!」
隼人補佐官(東京)が腕組み。
「結月さん、完全にコーチですね」
結月、少し照れる。
「性に合ってるかもしれません」
だんじりのように派手ではない。
しゃもじほどバカでもない。
だが確実に役に立つ。
結月は思う。
完全燃焼は、速さだけじゃない。
誰かを守る体を作ること。
それもまた、戦い。
そして次のイベントでは宣言するつもりだ。
「今日は、怪我しないヒロインを作ります」
観客、ざわ。
みーちゃんが笑う。
「結月、キャラ固まってきたね」
だんじりの街で、讃岐ダッシュ娘は今日も走る。
まずはゆっくりと、ストレッチから。
太もも国家機密級。
でも一番すごいのは、
怪我を知ったからこそ優しくなった、その目かもしれない。




