ペダルは止まらない、たぶん。〜大阪シンポで人生スプリント〜
大阪・中之島。
やたらと長い横断幕が掲げられていた。
「令和次世代女性活躍社会創造推進連携国際包括的シンポジウム202X」
誰も最後まで読んでいない。
会場はスーツ、パワポ、意識高い単語の洪水。
「エンパワメント」「ダイバーシティ」「持続可能な未来」。
空気が重い。
そこに座っているのが、遥室長。
姿勢は美しく、メモは丁寧。
そして口調は柔らかい駿河弁。
「うんうん、そうだらねぇ」
隣の人が二度見する。
壇上ではパネルディスカッション。
テーマは――
「女性アスリートのセカンドキャリアと社会的再統合」
いかにも。
そこで登壇した一人が、大西結月。
元女子競輪選手。
落車、怪我、代謝制度。
淡々と語る。
「走り切った感じが、せんのです」
会場が静まる。
「怪我はもう、ほとんど良うなりました。でもレースは、終わりました」
遥室長がうなずく。
「それは、つらいだらぁね」
結月は続ける。
「今はジムで働いてます。悪くないです。でも――」
少し笑う。
「もう一回、本気になれる場所があったらええなぁ、思うてます」
シンポは真面目だ。
だがその本音は、空気を少し揺らした。
終了後、ロビー。
名刺交換の嵐。
遥室長が静かに近づく。
「さっきのお話、とってもよかっただら」
結月が振り向く。
「あ、どうも」
「ウチはねぇ、女性の活躍を本気で考えとるんだら」
「そうなんですか」
「もう一回、本気になれる場所、あるかもしれんよ」
結月、眉を上げる。
「どこです?」
遥はにっこり。
「ウチにはいれば」
間。
「……ウチ?」
「戦隊ヒロインだら」
結月、固まる。
三秒。
「あの……道後温泉でしゃもじ振ってたやつですか?」
遥、目をそらす。
「それは……うちじゃないよ」
一拍。
「……でもうちかな?」
結月、吹き出す。
「別子銅山で掘ってないやつですよね?」
「掘っとらんけど、掘る気はあるだら」
会場の高尚な空気が崩壊しかける。
遥は真面目な顔に戻る。
「バカもやるけどねぇ」
「はい?」
「青少年育成もやるし、地域振興もやるし、時には市民の平和を守る厳しい戦闘任務もあるだら」
「戦闘?」
「本気だよ」
その一言だけ、駿河弁が柔らかさの中に芯を持つ。
「遊びじゃないんですか」
「全力でやる遊びもあるけどねぇ、本気で守る場面もあるだら」
結月は少し黙る。
ペダルを踏み込む瞬間のような静寂。
「怪我は、もう大丈夫なんだら?」
「走れます」
「踏み込める?」
「……踏み込めます」
遥はうなずく。
「じゃあ、踏み込んでみる?」
軽い。
だが重い。
結月は苦笑する。
「競輪では、不完全燃焼でした」
「なら、完全燃焼すればいいだら」
即答。
「ゴールテープ、まだ見てないだら?」
結月、視線を落とす。
「見てません」
「ウチには、まだゴールがいっぱいあるよ」
少しだけ沈黙。
そして結月が言う。
「……しゃもじは持ちませんよ」
遥、笑う。
「強制はせんだら。でもタオルくらいは振るかもしれんね」
結月、ため息。
だが目は少しだけ光る。
「本気、出していいんですね?」
「大歓迎だら」
その夜。
岸和田の自宅。
ヒロヒロ動画をまた再生する。
みーちゃんが叫ぶ。
梨乃が転ぶ。
ノムさんがラッパを吹く。
結月、笑う。
「バカやな」
だが今度は、違う感情が混じる。
「あの人、真面目やったな」
遥の言葉が頭をよぎる。
“踏み込んでみる?”
結月は立ち上がる。
その場で軽く踏み込む。
床が鳴る。
脚はまだ、強い。
「ほな、もう一回走るか」
こうして、元女子競輪選手・大西結月は、
うどんでもしゃもじでもなく、
完全燃焼できる場所を選んだ。
大阪の堅苦しいシンポから、まさかの人生スプリント。
ヒロヒロとは関係ない。
だが、どこかで笑い声は聞こえている。
ペダルは止まらない。
たぶん。
いや、もう止まらない。




