松山レジェンド地下アイドル、年表がバグる
松山には二種類の“長寿”がある。
道後温泉の歴史と、越智美晴――みーちゃんの在籍年数だ。
愛媛県の老舗ご当地地下アイドル「オレンヂ☆ステップ」。
メンバー平均在籍年数はだいたい二年。
方向性の違い。学業優先。就職。上京。大阪進出。恋愛沙汰。SNSの誤爆。不祥事。だいたいこのへんで卒業していく。
どこのご当地地下アイドルも、だいたい同じだ。人は流れ、グループは残る。御当地とはそういう“回転ずし”みたいなものだと、松山のファンは悟っている。
ところが。
みーちゃんだけが、回ってこない。
気づけば在籍十年以上。
年齢は……言わない。言わないが、空気は知っている。三十路手前。
あり得ない。
松山市内では、もはや“ご当地アイドル”という枠を超えて、サッカー界のレジェンド――キングカズと並べられる偉業として語られている。
「みーちゃん、今日も現役らしいぞ」
「うそやろ、まだ走れんのか」
「現役って、なんの現役や……」
現役の定義が揺らぐ。
会場の古参は、最前列で腕組みしながら頷く。
「在籍十年超えはアンタッチャブルや」
「触れたら火傷するやつ」
「伝説いうか、もう概念」
みーちゃん本人は「わたし、普通ですよ」と笑う。
しかし“普通”の人は十年以上フリフリ衣装で松山市のイベントを回らない。
オレンヂ☆ステップの新メンバーが入るたびに、まず覚えられる不文律がある。
「“オレンヂ”はヂ。ジは敵」
「みーちゃんの年齢には触れるな」
「在籍年数の話をしたら、だいたい歴史の話になる」
そう、みーちゃんは歴女だった。
歴史にやたら詳しい。
一見、フリフリ衣装の童顔アイドルが語りだす話ではないのに、突然スイッチが入る。
「松山城の石垣はね、積み方が――」
ライブの合間に石垣の話をするアイドル、初めて見た。
しかもこの“歴女”属性と“在籍期間の長さ”が合体すると、ファンのいじりが止まらない。
というか、松山のファンはそういうところだけ無駄にクリエイティブだ。
都市伝説が量産される。
「みーちゃん、20世紀から在籍しとったらしい」
これはまだ序の口。
むしろ優しい。
さらに話は膨らむ。
「太平洋戦争のとき、慰問活動しよったんよ」
「“オレンヂ☆ステップ慰問隊”ってな」
「兵隊さんにチェキ配って士気上げたらしい」
本人は笑って否定するが、会場の古参は勝手に感動して泣く。
次は日露戦争。
「ロシア軍捕虜から人気があったんよ、みーちゃん」
「松山に捕虜収容所があったけんね」
「捕虜の人が“ミーチャン…スパシーバ…”って」
どこの資料に載っているのか聞くと、全員が口を閉じる。
そして小さく言う。
「…現地伝承」
怖い。
さらに飛ぶ。
「夏目漱石の“坊っちゃん”に出とる」
「赤シャツに“推しの子”として狙われたらしい」
「マドンナより先に、みーちゃんが松山のアイコンやった」
文学史が崩壊する。
極めつけ。
「正岡子規とチェキ撮った」
「子規が“写るんです”にびっくりしたらしい」
「“柿くへば”の次に“チェキ撮れば”って詠んだんよ」
完全に世界線が違う。
さらに海へ。
「村上水軍の前で踊った」
「海賊が“この踊りは戦になる”って言うて」
「船の上でコールが起きたらしい。オイ!オイ!って」
もはや歴史ではなく、民話である。
だがこの都市伝説群、なぜか信憑性がゼロにならない。
理由は単純だ。
みーちゃんが、普通に“ありそうな顔”で頷きそうだからだ。
「いや、さすがにそれはないですって」
と言いながらも、歴史の年号をさらっと添えてくる。
「日露戦争って1904年やろ。さすがに無理やろ」
反論が理論派すぎる。
“無理”の根拠が年号。そこが面白い。
そしてファンはさらにいじる。
「みーちゃんは道後温泉の開湯前からおった」
「みーちゃん、縄文からおったんちゃう?」
「土器にサインしたらしいで」
「弥生の人に“ヂが正しい”って教えたらしい」
みーちゃんはついにキレる。
「ヂは弥生ちゃう!室町初期や!」
何の戦いなのか、誰も分からない。だが会場は爆笑する。
これがオレンヂ☆ステップの文化である。
そもそも平均在籍二年の世界で、十年以上残ってしまった時点で、本人がもう“史料”みたいな存在だ。
メンバー入れ替えのたびに“時代”が変わるのに、みーちゃんだけがずっと同じ衣装で立っている。
衣装のフリルが、年輪みたいに見えてくる。
それでもみーちゃんは、真面目だった。
「続ける理由を、説明できんかったらあかん」
そう言って、ライブ終わりに反省会をする。
自分の動線、MCの間、客の反応、物販の導線まで分析する。
地下アイドル界のPDCAである。
……そのPDCAを十年以上回し続けた結果、都市伝説が増殖したのだから、松山はだいぶ平和だ。
そして今、その“松山の概念”が、ヒロヒロに合流する。
しゃもじを振る広島。
柑橘が香る愛媛。
そこに、年表がバグっている女が来る。
ノムさんはきっと言うだろう。
「みーちゃんは歴史じゃ!世界遺産じゃ!」
のどかはため息をつきながら返す。
「登録すな」
みーちゃんは笑って、胸の奥で思う。
(歴史の次は、ヒロインか。忙しいな)
――こうして、オレンヂ☆ステップ最大の謎は、新章へ突入する。
ジとヂの踏み絵を抱えたまま。
年表を破壊しながら。




