オレンヂの誇りと蒼牙の油まみれ29歳
松山が生んだベテラン地下アイドル、越智美晴。通称みーちゃん。
愛媛県松山市出身。柑橘と路面電車と道後温泉に囲まれて育った。幼少期からとにかく歌って踊るのが好きだった。幼稚園の発表会ではセンター、小学校の運動会では応援団、中学校の文化祭ではなぜか総合司会。目立ちたがりというより、「舞台に立つとスイッチが入る」タイプだった。
当然、憧れは東京。
テレビの向こうでキラキラしている国民的アイドルグループ。坂道だの48だの、ああいうやつである。みーちゃんは本気で目指した。
オーディションを受けまくった。
一次通過。
二次通過。
最終審査。
そして落ちる。
これを何度も繰り返した。
「最終で落ちる女」として、オーディション会場のスタッフの間で密かに有名だったかもしれない。あと一歩。いつもあと一歩。何が足りないのか本人にも分からない。ダンスはできる。歌もそこそこ。笑顔も悪くない。
だが、選ばれない。
松山に戻る飛行機の中で、何度も泣いた。
それでも諦めきれなかった十代半ば、みーちゃんは地元のご当地地下アイドル「オレンヂ☆ステップ」に加入する。
東京進出を目指す、と掲げたそのグループ。だが現実は厳しい。ライブハウスは満員にならない。物販の列は短い。東京遠征は赤字。
ステップアップのはずが、いつの間にか“その場足踏みステップ”になっていた。別の意味でステップである。
当然、御当地地下アイドルだけで食べていけるわけがない。
みーちゃんは働いた。
コンビニ。
スーパーの品出し。
居酒屋。
ファミレスのウェイトレス。
「いらっしゃいませ〜」の声は本職より安定していた。
道後温泉の清掃もやった。観光客が去ったあとの湯気の中、タイルを磨きながら「私も観光資源になりたい」と本気で思った。
ガールズバーの店員も経験した。そこでは“永遠の妹キャラ”がウケたが、時給は現実的だった。
みかん農家の収穫も手伝った。柑橘の山を登りながら、地元の強さを知った。
そして極めつけが、井坂農装松山工場での期間工。
あのドリームトラクター蒼牙2000・改を製造した大手農機メーカーである。みーちゃんは作業着を着てラインに立った。油の匂い。機械の唸り。ネジ締めは完璧だった。
後にヒロヒロで蒼牙2000・改の話題が出たとき、彼女が妙に詳しかったのはこのためである。
「クラッチ系統、あれ改良されとるんよ」
地下アイドルが言う台詞ではない。
そんな生活を続けながら、オレンヂ☆ステップでの活動も続けた。気づけば二十代後半。
東京進出は叶わなかった。
惰性といえば惰性。だが嫌いになれない。ステージに立つとやっぱり楽しい。
ふと周りを見れば、同級生は結婚している。子供もいる。企業の第一線で働いている。SNSには新築マイホームの写真。
(私は何をしているんやろ)
夜、帰宅してメイクを落とすと、現実が鏡に映る。目尻の小じわ。ほうれい線。確かに可愛い。だが時間は進んでいる。
みーちゃんは意外と真面目だ。しかも理論派。
「アイドル活動の費用対効果を考えると…」
ノートに数字を書き出したこともある。ライブ動員数、物販売上、アルバイト収入、交通費。損益分岐点を真顔で計算する二十九歳アイドル。
お笑いである。
それでも辞めなかったのは、好きだからだ。
ステージに立てば、最終で落ち続けたあの十代の自分が報われる気がした。
だが同時に、限界も感じていた。
妹キャラは三十路目前には重い。
ファンからの「いつまでやるの?」という野次は冗談半分でも刺さる。
それでも、やりきるまでは続ける。
そんなときに舞い込んだ戦隊ヒロインの話。
しゃもじを振り回す広島のバカ騒ぎ。
だがその裏に、地元を盛り上げたい本気がある。
みーちゃんは思った。
(最終で落ちたけど、まだ終わってないかもしれん)
松山ベテラン地下アイドル、二十九歳。
国民的アイドルにはなれなかった。
東京進出もできなかった。
でも井坂農装でネジは締められる。
人生は案外、ネジ一本で変わる。
そう思いながら、彼女はもう一度舞台に立つ準備を始める。
今度は地下ではない。
しゃもじの向こうへ。




