みーちゃん卒業宣言!そしてしゃもじの向こうへ
松山市某所。
地下アイドル「オレンヂ☆ステップ」のセンター、越智美晴――みーちゃんは、覚悟を決めていた。
「……卒業します」
運営事務所の応接室。壁には過去ライブのポスター。若かりし頃の自分が笑っている。ちょっと顔が丸い。いや、だいぶ丸い。
社長は一瞬目を細め、深くうなずいた。
「そうか。わかった」
早い。
あまりに早い。
一拍くらい引き止めるかと思いきや、スムーズすぎる承諾。実は運営側も、みーちゃんの卒業タイミングをずっと探っていた。十年以上センターを張り続けた功労者だが、新陳代謝という冷酷な言葉は芸能界の常識である。
みーちゃんは内心ちょっとだけ傷つく。
(もうちょっと惜しんでくれてもええやろ……)
だが表情は大人だ。三十路手前の貫禄である。
卒業のニュースは瞬く間に県内を駆け巡った。
「みーちゃん卒業!?」
「時代が終わる……」
「むしろ始まるのでは?」
SNSはざわつき、急きょ卒業公演が決定した。
会場は松山市の小さなライブハウス。いつもは観客三十人前後。最前列はほぼ固定メンバー。顔も名前もわかる。
だがこの日は違った。
三百人。
十倍である。
ドリンクカウンターがパニックになり、スタッフは氷を落とし、物販は開始五分でTシャツ完売。オールドファンが戻ってきたのだ。
古参ファンは腕組みしながら満足げに言う。
「みーちゃん、やっと卒業か」
寂しさは、なぜかない。
むしろ誇らしい。
ある舞台の世界では、自分が応援を始めた年に入団した団員が卒業した時、初めて“本当のファン”と認められるという不文律があるらしい。どうやらオレンヂ☆ステップ界隈でも同じ文化が育っていた。
「これでやっと、ホンモノのファンや」
誰もがうなずく。何がホンモノかはよく分からないが、涙は出ている。
ステージ上のみーちゃんは、最後まで笑っていた。
十年分の歌とダンス。
転んだ回数も、歌詞を飛ばした夜も、全部込みで自分だ。
最後のMCで、マイクを握りしめる。
「卒業後は……普通の女の子に戻ります!」
会場がどよめく。
普通の女の子とは何か。十年以上地下アイドルをやった女は、もはや普通とは言い難いが、そこは勢いである。
カーテンコール。拍手。アンコール。もう一回アンコール。なぜかもう一回。
こうして、みーちゃんは芸能活動に一区切りをつけた。
――その翌週。
愛媛県庁。
「今だ」
観光課と広報課が同時に立ち上がる。
高知には神代なつめ。徳島には三好さつき。四国は盛り上がっている。愛媛だけが静か。柑橘は甘いが、話題は酸っぱい。
そこに舞い込んだ卒業ニュース。
「元アイドル、知名度あり、地元出身、踊れる、しゃべれる」
条件が揃いすぎている。
みーちゃんの元へ打診が届く。
「戦隊ヒロインになりませんか」
一瞬、固まる。
普通の女の子に戻ると言ったばかりである。
だが脳裏に浮かぶのは、安芸高田市で見たヒロヒロの光景。
広島支部長・江波のどかのキレ味あるツッコミ。
ブラックキャププロダクション社長・野村吉彦の野村ラッパ。
そして、しゃもじを振り回す観客。
あれは、バカだった。
でも、楽しかった。
「最後にもう一花、咲かせてもええかな」
みーちゃんは笑った。
引退するはずの女が、もう一度ステージに立つ。
今度は“ヒロイン”として。
数日後。
愛媛県当局お墨付きという、何に効くのか分からない肩書をぶら下げ、みーちゃんは東京・新橋へ向かう。
スーツケース一つ。
中には衣装ではなく、覚悟。
新橋のヒロ室本部。
ドアの前で深呼吸。
「普通の女の子、延長戦や」
ドアが開く。
中では、ノムさんが叫んでいた。
「ヒロヒロは世界に羽ばたくぞ〜!」
のどかが冷静に言う。
「まずは四国じゃろ」
そこへ入ってくる、元地下アイドル。
柑橘としゃもじが交差する。
物語は、ここからさらにやかましくなる。




