しゃもじが世界を救う日。〜ヒロヒロ絶好調と三十路前アイドルの決断〜
広島支部長・江波のどか。
平和を愛する被爆四世にして、必要とあらば拳も出る女。
その隣で笑っているのが、ブラックキャププロダクション社長・野村吉彦。通称ノムさん。高校の先輩後輩という腐れ縁コンビである。
この二人が組んだヒロ室広島――通称「ヒロヒロ」は、なぜか絶好調だった。
理由は簡単だ。
バカだからである。
真面目な企画を考えようと会議を開けば、最終的に「しゃもじで世界を救えるか」という方向に着地する。のどかが「いや、救えんじゃろ」と真顔で返し、ノムさんが「いや救える!」と胸を張る。会議時間はだいたい三分で終わる。
そんなヒロヒロに、一度だけ本部からお叱りが入った。
遥室長である。
穏やかな駿河弁で、しかし芯は鋼鉄のように硬いあの室長が、静かに言った。
「のどかさん、ノムさん……企画の次元が、ちょいと低いんじゃないかねぇ。」
少しだけ、である。
この“少しだけ”が逆に刺さる。
のどかは背筋を伸ばし、「はい」と素直に返事をした。
だがノムさんは違った。
「低い? 違うね。これは地に足がついとるんじゃ!」
なぜか胸を張る。
その結果どうなったか。
売れたのである。
ノムさん渾身の公式応援グッズ「戦隊ヒロインしゃもじ」。
ただのしゃもじではない。米粒が驚くほどくっつきにくい。家庭用としても優秀。
さらに公式お土産「戦隊ヒロインもみじ饅頭」。
パッケージはやたら勇ましいのに、中身は優しいこしあん。ギャップが良い。空港売店で飛ぶように売れる。
ノムさんは笑いが止まらない。
「ヒロヒロは世界に羽ばたくぞ〜!」
野村ラッパが吹き荒れる。
世界とはどこか。次は福山か三原あたりを攻めるのか。
のどかは頭を抱えつつも、視聴数と売上報告を見ると強く出られない。
コメント欄には今日も並ぶ。
「安定のヒロヒロ」
「しゃもじ二本目買いました」
「もみじ饅頭うまい」
平和とは、こういうことかもしれない。
――しかし。
場面は変わり、四国・愛媛県庁。
会議室は重苦しい。
理由は単純明快だ。
高知には、土佐弁まるだしの突進娘・神代なつめ。
あの分かりやすさ。あの破壊力。人気爆発。
徳島には、阿波のスピードスター・三好さつき。
清楚、上品、しかし俊足。ギャップ萌え。大人気。
四国で盛り上がる二県。
愛媛は、いない。
「なぜだ……」
県幹部が地団駄を踏む。
県民からも声が上がる。
「愛媛からも戦隊ヒロインを!」
「柑橘王国の意地を見せろ!」
観光課長は机に突っ伏す。
「誰か……誰か居ないものか……」
資料をめくる音だけが虚しく響く。
その頃。
松山市の一角。
みーちゃんの自宅。
越智美晴。
地下アイドル「オレンヂ☆ステップ」の絶対的センター。
安芸高田市でのヒロヒロイベントを終え、ようやく帰宅。靴を脱いだ瞬間、床にへたり込む。
「……しんど」
鏡を見る。
ほうれい線。
目尻のしわ。
気づかないふりをしてきたが、今日は見える。
三十路前。
十年以上やった。
笑って、転んで、歌って、また立ち上がった。
「そろそろ……卒業かな」
呟きは静かだった。
アイドルは永遠じゃない。
それを一番知っているのは、本人だ。
スマホを握る。
運営に連絡するか。
区切りをつけるか。
その目に浮かぶのは、安芸高田のステージで見たヒロヒロの光景。しゃもじを振る客席。もみじ饅頭をかじりながら笑う子ども。
「……なんか、あいつら楽しそうやな」
ノムさんの野村ラッパ。
のどかの真顔ツッコミ。
あのバカバカしさが、なぜか少しだけ羨ましい。
みーちゃんは深く息を吐いた。
十年やった。
十分やった。
でも、まだ完全には燃え尽きていない。
カーテンの隙間から夜風が入る。
その瞬間、愛媛県庁では誰かが叫んでいた。
「地下アイドルがおるじゃないか!」
運命は、だいたい騒がしい。
ここから、しゃもじと柑橘の物語が交差する。
世界に羽ばたくのはヒロヒロか。
それとも三十路前アイドルの意地か。
物語は、まだ始まったばかりである。




