【きのこ・たけのこ戦争】最終話・停戦合意 虚無の和平条約 ― ヒロ室百年戦争、クラッカーに屈す
ヒロ室は、ついに末期症状だった。
きのこ軍、たけのこ軍。
互いに相手陣営の菓子には絶対に手を付けないという謎の禁忌を守り続け、在庫は山積み。
イベント資料は白紙。
SNSには、
「たけのこ派は情に流される危険思想」
「きのこ派は軸のない人間」
という、どうでもいい怪文書が飛び交う。
グレースフォースは分裂。
迫田ツインズも真っ二つ。
停戦協議は三度決裂。
波田顧問が呟いた。
「こりゃ中東より難しいぞ……」
誰も笑わなかった。全員本気だからだ。
そのとき、浪速のバランサー・坂井まどかが静かに立ち上がった。
「……もう終わらせよ」
対峙するのは、泉州の経理の妖怪こと谷口佳乃。
二人、向かい合う。
なぜか書類ファイルを抜刀。
パシン!バシッ!
紙が舞う。
戦いは一瞬。
まどかの一撃が決まる。
けちのんのファイルがくるくると宙を舞い、着地。
沈黙。
まどかはくるりと振り返る。
そして、急に顔つきが変わる。
目を細め、少しだけ顎を上げ、
時代劇の名残を帯びた低音で言い放つ。
「……俺がこんなに強いのはな」
一拍。
懐から、銀紙に包まれたあの箱を取り出す。
「当たり前だのクラッカー」
場内、凍結。
まどかはさらに続ける。
「江戸を旅する渡世人、腹が減っては戦はできぬ。そんなとき、ほれ」
箱を軽く叩く。
「パリッと一枚、サクッと二枚。腹持ちよし、値段よし。財布にやさしゅうて、味もまあまあ。これぞ庶民の味方や」
どこから仕入れたのか、昭和生CM風のテンポ。
「旅の供に、当たり前だのクラッカー。あんさんも一枚、いかがでござんす?」
ヒロ室、爆笑。
だが、けちのんは笑わない。
ゆっくり立ち上がり、泉州のおばちゃん口調でトドメを刺す。
「……あんたらな。エエ加減にしとき。仲良ぅせんかったら、これからずーっと未来永劫、ヒロ室のおやつは当たりのM田のクラッカーだけにするで。それでもええんやな?」
静寂。
あのパサパサ地味菓子が、無限供給される未来。
美月が膝から崩れ落ちる。
「そんな……殺生な~!甘味なき青春なんて、うち耐えられへん!」
浪花節が炸裂。
彩香は歯を食いしばる。
「ぐぬぬ……」
だが反論できない。
なぜなら経費はけちのんが握っている。
これは経済制裁だ。
ひかりが静かに言う。
「これは完全なる封鎖措置ですね」
みのりが頷く。
「国際法的にも強い」
遥室長が小声で補足する。
「1993年、ノルウェーのオスロで秘密交渉が行われ、パレスチナ解放機構(PLO)のヤセル・アラファト議長とイスラエルのイツハク・ラビン首相が歴史的に握手した。あれは、何十年も続いた対立を一時的にでも止めた象徴的瞬間だったの」
ヒロ室が静まる。
波田顧問が腕を組む。
「ホワイトハウスの芝生で、クリントン大統領が見守る中、あの握手があった。世界はあの一枚の写真に希望を見たんだ」
そして今。
ヒロ室の真ん中で、美月と彩香が向き合っている。
お互いに意地。
お互いに譲れない。
だが、クラッカー永久供給は避けたい。
美月が鼻をすすりながら言う。
「……たけのこは魂やけどな」
彩香が低く返す。
「きのこは誇りや」
沈黙。
そして、ゆっくりと。
二人は手を差し出した。
ガシッ。
握手。
ヒロ室、拍手喝采。
誰かが叫ぶ。
「オスロや!」
「ノーベル平和賞や!」
まどかとけちのんが中央に立つ。
まどかが胸を張る。
「平和はな、甘さやない。バランスや」
けちのんが頷く。
「経費や」
ヒロ室に笑いが戻る。
きのこも、たけのこも、同じ皿に盛られる。
その横には、控えめに置かれた当たりM田のクラッカー。
ひかりが小さく笑う。
「虚無だね」
みのりが肩をすくめる。
「でも、これが平和」
こうして百年戦争は終わった。
歴史の教科書には載らない。
だがヒロ室の年表には、確かに刻まれた。
甘味は争いを生み、
クラッカーは平和をもたらす。
そして今日もヒロ室は、
国家案件より菓子で揺れている。




