データは嘘をつかない、でも愛はもっと嘘をつかない ― 茅場町ナイト・リコンストラクション
茅場町。
日本橋川と隅田川に挟まれた金融街。証券会社のビルが並ぶ一方で、昔は鶏肉問屋が軒を連ねていた名残から、いまもやたらと鶏料理がうまい。路地を曲がれば小さな神社。温故知新。数字と信仰が同居する街。
その夜、その街の“数字”が狂った。
ジェネラス・リンク傘下のハッカー集団が、証券取引システムに不正侵入。株価データが改ざんされ、パニック寸前。
現場に立つのは、グレースフォース。
静の杉山ひかり。
動の館山みのり。
「データは嘘をつきません。つくのは人です」
ひかりがノートPCを開く。
街灯の下、青白い光が眼鏡に反射する。
みのりは腕を組み、ビルを見上げた。
「なら、その嘘つきは私が捕まえる」
「物理担当、お願いします」
「知性担当は?」
「真実を掘り起こします」
二人はエントランスへ。警備は無力化済み。エレベーターを使わず、階段を駆け上がる。
「息、乱れてない?」
「あなたとなら、いくらでも」
「そういうの、任務中に言う?」
「事実です」
最上階。
サーバールーム。無数のLEDが瞬く。
敵のリーダーが笑う。
「理知派コンビか。数字で勝てると思うな」
ひかりは即答。
「あなたの改ざん、粗いです」
キーボードが走る。
ログ解析。タイムスタンプの微妙なズレ。アルゴリズムの癖。
「ここ。誤差0.003秒。あなたの焦りです」
「なっ…!」
その瞬間、みのりが動く。
「焦ると足元が甘くなる」
回し蹴り。敵の武器が弾かれる。
「静の杉山が詰めて、動の館山が仕留める。役割分担ってやつ」
だが敵は嘲笑う。
「株価が乱れれば社会は混乱する。愛だ友情だ言ってる暇はない」
空気が変わる。
みのりが一歩前に出る。
「千葉の経済規模、なめないで」
「そこ?」
ひかりが淡々と補足。
「千葉県の製造品出荷額は全国上位です」
「フォローの仕方!」
敵が逃走を図る。
非常階段へ。
二人は追う。
「ひかり、右!」
「左は任せます」
足音が夜の金融街に響く。
ビル群の間を抜け、川沿いの遊歩道へ。
ネオンが水面に揺れる。
敵が振り返る。
「お前ら、互いに弱点だろ?」
沈黙。
みのりが笑う。
「違うよ」
ひかりが続ける。
「弱点ではなく、前提です」
敵が突進。
みのりが受け、ひかりが支える。
二人の距離はゼロ。
呼吸は一つ。
「ひかり」
「はい」
「もし私が間違っても」
「あなたは戻ってきます」
「絶対?」
「絶対です」
敵が崩れる。
手錠がかかる。
サイレンが近づく。
夜の茅場町。
焼き鳥屋から香ばしい匂い。
みのりが笑う。
「任務後の親子丼、どう?」
「糖質は控えめに」
「堅いなあ」
ひかりがふと立ち止まる。
「みのり」
「ん?」
「データは嘘をつきません。でも」
「でも?」
「愛は、もっと嘘をつかない」
みのりが目を細める。
「それ、口説いてる?」
「事実を述べています」
二人は並んで歩き出す。
金融街の夜風がコートを揺らす。
背後のビル群が静かにそびえる。
みのりが軽く肩をぶつける。
「杉山」
「なんですか」
「次も、数字より速く動ける?」
ひかりはわずかに微笑む。
「あなたが走るなら」
一拍。
「私は必ず、隣にいます」
川面にネオンが揺れる。
茅場町の夜は冷たい。
だが、その隣だけは熱い。
二人は振り返らない。
「相棒」
「はい、館山」
「悪くない夜だ」
「ええ。悪くありません」
金融街の灯りを背に、
静と動は、また並んで歩き出す。
データは真実を語る。
でも――
グレースフォースは、それ以上を証明する。




