ブルーライン・ノクターン ― 静と動、二人だけの追跡線
湾岸の夜は、言い訳をしない。
巨大倉庫が並ぶ人工島エリア。
海風に揺れるクレーンの影の下、黒塗りの車列がブルーラインを逃走していた。背後でサイレンが遠ざかる。
そのさらに後方、低く唸るエンジン音。
ハンドルを握っているのは、駿河の良心・杉山ひかり。
四輪駆動のターボ車が、夜のアスファルトを静かに、しかし鋭く裂いていく。無駄なアクセルワークは一切ない。ブレーキは点で踏む。ハンドルは切るのではなく、滑らせる。
助手席で端末を操作するのは、千葉の叡智・館山みのり。
「敵車、3台。先頭が陽動、2台目が本命。3台目は囮だね」
「了解。本命を捕まえる」
ひかりの声は凪いだ海のように落ち着いている。
その瞬間、無線が入る。
《こちら蒼牙2000・改。追尾確認。唯奈だっぺ。》
ひかりは短く答える。
「唯奈、次の高架分岐で右に振らせる。わたしが圧をかけるから、あなたは逃走ルートを潰して」
《了解。蒼牙、演算開始。》
蒼牙2000・改が別ルートから並走する。
人工島を囲む外周道路。逃げ場は限られている。
敵車が急加速。
「ひかり、来るよ」
「想定内」
ひかりはアクセルを踏み込む。ターボが息を吹く。
車体がわずかに前傾し、直線を矢のように伸びる。
並走。
ミラー越しに敵ドライバーと目が合う。
そのとき、敵の窓から声が飛ぶ。
「静岡の女に追えるかよ!」
空気が変わった。
みのりがちらりと横を見る。
ひかりは、微笑んだ。
「事実誤認です。静岡は製造品出荷額、国内上位。自動車関連技術の集積度も――」
「今プレゼンしてる場合!?」
だが、その理詰めの冷静さこそが合図だった。
みのりの目が細くなる。
「ひかりをバカにするのは、ダメだよ」
助手席のドアが開く。
走行中。
「ちょっと待って!?」
次の瞬間、みのりは滑るように路面へ降り、側道を駆け上がり、高架の歩道へ。敵車の進路を先回りする。
「唯奈、今」
《了解。蒼牙、封鎖モード。》
蒼牙2000・改が前方に回り込み、ブレーキランプを点灯。
ひかりは絶妙な間合いで後方を塞ぐ。
完全包囲。
逃げ場ゼロ。
敵が慌ててハンドルを切る。
その瞬間、高架上からみのりが跳ぶ。
「房総――」
着地と同時に回転蹴り。
「大演舞ッ!」
ドン、と鈍い衝撃。
敵車はスピンし、縁石に乗り上げ停止。
静寂。
ひかりはゆっくり車を降りる。
みのりが軽く肩で息をしている。
「無茶するなって言ったよね」
「だって、ひかりが後ろ守ってくれるから」
その一言で、ひかりの表情が柔らかくなる。
「当然です。あなたは、前線だから」
みのりがにやりと笑う。
「静の杉山、動の館山。いいコンビでしょ?」
無線から唯奈の声。
《正直に言います。二人のアイコンタクトは理解不能です。》
蒼牙2000・改が機械音声で補足する。
《戦闘効率128%。感情同期率、解析不能。》
「解析しなくていいの」
ひかりがさらりと言う。
敵を拘束し終え、二人は並んで夜景を眺める。
湾岸の灯りが水面に揺れる。
「ねえ、ひかり」
「なに?」
「さっき怒ってた?」
「少しだけ」
「静岡ディスられて?」
「いいえ」
ひかりはまっすぐみのりを見る。
「あなたを侮辱されたから」
一瞬、夜風が止まった気がした。
みのりの耳が赤い。
「そ、そういうの…ズルいよ」
「事実です」
遠くでパトカーのサイレンが鳴る。
任務完了。
唯奈が車体から顔を出す。
「次はもっと穏やかな任務がいいですね」
蒼牙2000・改が締めくくる。
《提案:車内温度上昇の原因は外気ではありません。》
ひかりとみのりは顔を見合わせ、笑った。
ブルーラインの夜は深い。
だが――
二人の包囲網は、今夜も完璧だった。




