戦場で県勢プレゼン始めるな!――理知の暴走、グレースフォース逆転現象
「……本日も、平和のために参ります」
控室でそう呟いた駿河の良心・杉山ひかりは、いつも通り穏やかな笑顔だった。
その隣で千葉の叡智・館山みのりが、拡声器の電池残量を確認しながら小声で言う。
「ひかり、今日は“冷静に”ね。感情で行かない。理知で。理知」
「うん。理知で。……でも、みのりを侮辱する人は理知で裁く」
「怖い怖い。裁くとか言わないで」
二人の会話は、内容は物騒なのに、距離が近すぎて甘ったるい。控室の端では美月が河内弁でぼやく。
「はぁ……戦場に行く前に、もう新婚旅行みたいな空気出すなや……」
彩香が荒っぽい播州弁で被せる。
「ほっとけ。あれは常時、発酵しとる」
麗奈は空気を読まない顔で「発酵ってなに~?」と聞き、みのりが「聞かなくていい」と理知的に遮断した。
現場は、暴徒化したデモ隊で荒れていた。
投石、怒号、プラカード、そして謎にテンションが高い太鼓。治安維持のため、戦隊ヒロインたちが広域封鎖線を張り、静かに圧をかける。
任務の先頭に立つのは、グレースフォース。
みのりは拡声器を握り、深呼吸して、上品に声を通した。
「皆さま、落ち着いてください。デモはここまでです。危険行為は——」
一瞬、みのりが言葉を探した。
その“言葉の端”に、うっかり本音が混ざった。
「……私の愛する千葉県が……これ以上、傷つくのは……」
その瞬間だった。
デモ隊の後方から、野次が飛んだ。
「千葉なんて田舎だろ!」
空気が一瞬凍る。
みのりの眉が、ぴくりと動いた。
“房総の怒りスイッチ”が入りかける。
ヒロインたちが「あ、来るぞ」と察して身構えた。
美月「来た来た、みのりんの千葉防衛本能や」
彩香「今日の相手、命知らずやな」
ところが。
瞬時に反応したのは、みのりではなかった。
隣にいたひかりが、すっと拡声器を奪った。
奪い方が静かすぎて、逆に怖い。
そして、声の温度が一段下がる。
「事実誤認です」
デモ隊「……は?」
ヒロイン達「……は?」
ひかりは続けた。
「千葉県は首都圏の物流と製造を支える重要拠点です。港湾、空港アクセス、工業地帯、研究開発、農水産物——」
ひかりの視線が、すっと遠くを見た。
完全に“ニュース番組の解説コーナー”の目だ。
「県内総生産における規模、人口、企業立地、通勤流動。『田舎』の定義を適用するなら、先に定義が必要です。定義なき侮辱は、ただの雑音です」
デモ隊は鳩が豆鉄砲を食ったような顔で固まった。
いや、鳩よりさらに理解不能な顔だった。
プラカードを持ったまま、脳内がフリーズしている。
一方、みのりはというと——。
「……ひかり、ありがとう……」
みのりの目が、うるうるしていた。
怒りが収まったどころか、感動で胸が詰まっている。
「千葉の経済規模、そう……そうだった……私、数字まで愛せてなかった……」
「愛していいよ」
ひかりは即答した。
「みのりが愛するものは、私も愛する。みのりを侮辱することは、絶対に許されない」
言い方がもう、宣誓。
デモ隊鎮圧の現場で、プロポーズみたいな空気を出すな。
みのりは拡声器の横で小さく頷き、ほとんど恋人の顔で返す。
「……私も。ひかりが言うなら、千葉はもっと誇っていい」
「うん。千葉は誇っていい。みのりは、もっと誇っていい」
「……ひかり、近い」
「近くないと守れない」
美月が頭を抱えた。
「守れないちゃうわ!“守り方”が濃いねん!」
麗奈が横で拍手してしまう。
「わぁ~!すごい!なんか今、千葉の授業と告白が同時に来た!」
彩香が呆れて言う。
「戦場で県勢プレゼン始める奴、初めて見たわ……」
しかし、効果はてきめんだった。
デモ隊は勢いを失っていく。
怒りの熱量が、ひかりの“理知の冷水”で冷やされ、最後は「え、千葉ってそんな感じなの?」という学習フェーズに入ってしまった。
先ほどまで投石していた連中が、ぽつりと言う。
「……千葉って、うまい魚あるよな」
ひかりが即座に拾う。
「あります。漁港も、海産物も強いです。あと落花生もあります」
「落花生……」
デモ隊が静かになる。
落花生で鎮圧されるデモ隊。
革命の火が、ピーナッツで消える世界。
みのりがそっと補足する。
「……千葉は、やさしい県です」
ひかりが頷く。
「みのりがいるから」
もうダメだ。
現場の空気が治安維持じゃなくて、披露宴のスピーチみたいになっている。
隼人補佐官が無線で呟いた。
「……作戦成功。だが、何だこの成功の仕方」
真帆さんが遠くで腕組みして、しみじみ言う。
「鎮圧ってのはね、力じゃなくて“空気”で決まるのよ……ただし、あの二人の空気は種類が違う」
任務終了後。
撤収の列の中で、みのりはひかりの手を握った。握り方が普通じゃない。安心確認というより所有権の確認だ。
「ひかり、今日……私が怒る前に止めてくれたね」
「怒ってもよかった。でも、みのりが怒ると疲れる。だから私が代わりに怒る」
「代わりに怒るって、プレゼンで?」
「理知で怒る。私の怒りは、資料で殴る」
みのりが笑って、顔を寄せる。
「……ねえ、今度は静岡のことを誰かが侮辱したら、私がプレゼンするね」
ひかりが目を丸くする。
「……みのりが、静岡を?」
「うん。駿河湾と茶畑と、あと君の良心を守る」
「……百合が強い」
「今さら?」
そこへ美月が割り込む。
「おいコラ、二人とも。帰りのバスの座席、ずっと隣で手ぇ繋ぐのやめぇや。見てるこっちが照れるわ」
ひかりが丁寧に返す。
「美月さん、私たちは任務の一環として——」
彩香が遮る。
「任務ちゃうわ。恋愛や」
麗奈が満面の笑みでまとめた。
「グレースフォースって、強いだけじゃなくて、情報番組みたいだね!」
蒼牙2000・改が静かに言った。
「私は理解できません。ですが……鎮圧は成功しました。次回も、県勢プレゼンの準備を推奨します」
みのりが真顔で頷く。
「千葉の資料、更新しとく」
ひかりも真顔で頷く。
「私も静岡の資料、作る」
美月が叫んだ。
「やめぇ!戦隊ヒロインが戦場に資料持ち込むなぁ!」
—こうして。
暴徒鎮圧任務は無事成功し、グレースフォースの百合はさらに濃度を増し、なぜか“千葉県の経済規模”だけが一段詳しくなった。
誰が得したのかは不明だが、
少なくとも、みのりは幸せそうだった。
そしてひかりは、穏やかな笑顔のまま、静かに宣言した。
「みのりを侮辱する人は……事実誤認です」
その日、デモ隊は解散した。
理由は、よく分からない。
ただ、千葉を舐めるな——という空気だけが、妙に残った。




