静と疾の赤ペン大戦争!―駿河の良心、甲斐の疾風に削られる―
新橋ヒロ室、会議室A。
各省庁合同イベントの最終打ち合わせを翌日に控え、空気は妙にピリついていた。理由は一つ。杉山ひかり作成の“完璧すぎる”公式スピーチ原稿である。
「今回のテーマは“地域共創型未来ビジョンの具現化”ですので、論理の整合性と情緒のバランスを大切にしました」
ひかりは、いつもの穏やかな駿河弁で、しかし胸を張って原稿を差し出した。A4用紙、全12枚。ホチキス留め済み。フォントは明朝。余白も美しい。
その向かいに座るのは、甲斐の疾風・小宮山琴音。
ヒロ室の庶務を一手に引き受け、予算ゼロ円でもイベントを成立させる女である。
琴音は黙って原稿をめくる。
1枚、2枚、3枚……。
「……長いじゃんけ」
静かな一言だった。
「えっ」
ひかりの笑顔が一瞬固まる。
「これ、現場で読むの何分かかるけ?」
「ええと……約九分三十秒です」
「イベント全体の持ち時間は?」
「七分です」
ひかり、沈黙。
琴音は赤ペンを取り出した。
その動きに迷いはない。
シュッ。
バッサリ。
「この“歴史的意義の再定義”いらねえけ」
「えっ、そこは今回の核心で――」
「核心は三行で言えるけ。聞いてる人は立ちっぱなしだに」
シュッシュッ。
さらに削る。
「この比喩も綺麗だけど、現場でマイク止まったら全部飛ぶけ」
「マイク、止まる想定なんですか?」
「止まる。絶対止まる」
なぜか断言。
ひかりは動揺しながらも食い下がる。
「でも、言葉の品格は守りたいんです。戦隊ヒロインとしての矜持が――」
琴音は顔を上げる。
「品格はな、言葉の量じゃねえけ。伝わるかどうかじゃんけ」
その瞬間、パーティションの向こうから美月の声。
「カレーは中辛や言うとるやろが!」
「甘口や!子どもも来るんやぞ!」
彩香の播州弁が炸裂。
隣はいつもの動物園状態。
しかしこちらは赤ペン戦争。
ひかりはぐっと唇を結び、原稿を見つめた。
「……では、核心部分を三分に再構成します」
「それでいいじゃんけ」
ひかりはその場で修正を始める。
静かに、しかし速い。頭脳明晰の本領発揮である。
十五分後。
A4三枚に圧縮。
ひかりが読み上げる。
無駄がない。
しかし温度は失われていない。
琴音が腕を組む。
「……いいじゃんけ」
ひかりがほっと息をつく。
「削られて、むしろ芯が見えました」
「理想はあっていいけ。だけどな、現場で通らなきゃ意味ねえ」
そこへ真帆が顔を出す。
「どう?静甲コンビ」
ひかりが答える。
「とても勉強になります」
琴音が肩をすくめる。
「こっちもだに。ひかりの文章、きれいすぎて削るの怖かったけ」
真帆がにやり。
「いいわね。理想と現実の両輪。ヒロ室にもう一人遥室長が増えたみたい」
パーティションの向こうから麗奈の悲鳴。
「ちょっと!新機材触るなって書いてあったでしょ!」
ガタン。
コピー機が唸る。
琴音が立ち上がる。
「行ってくるじゃんけ」
ひかりも立ち上がる。
「私もサポートします」
二人が並んで出ていく。
真帆は腕を組み、しみじみと呟いた。
「静岡と山梨、富士山で揉めてる場合じゃないわね。静甲コンビ、なかなか良いかも」
その夜。
本番のイベントで、ひかりは三分きっかりでスピーチを終えた。
簡潔で、しかし温かい。
観客の拍手は想像以上に大きい。
袖で見ていた琴音が小さく頷く。
「伝わったじゃんけ」
ひかりが笑う。
「甲斐の疾風のおかげです」
「駿河の良心のおかげじゃんけ」
隣では美月が呟く。
「なんやあの二人、かっこええやん」
彩香も腕を組む。
「なんか腹立つくらいまとまっとるな」
真帆は静かに拍手した。
ヒロ室は今日も騒がしい。
だが、その中心には静かな知性と、疾い実務力が並び立っている。
理想を削り、現実を磨き、言葉を届ける。
静と疾。
赤ペン一本で国もイベントも動かす二人。
静甲コンビ、ここに爆誕。




