甲斐の疾風、今日も走る!~ヒロ室を回す女・小宮山琴音の一日~
新橋某所。
ガラス張りのオフィスビルの一角に、戦隊ヒロインプロジェクト・通称“ヒロ室”はある。
外から見れば至って普通のオフィス。
しかし一歩中に入れば、そこはだいたい動物園である。
「それ私のクッキーやんか!」
「いやいや、早い者勝ちやろが!」
河内弁全開の美月と、荒っぽい播州弁の彩香がおやつの袋を奪い合う。
「カレーは中辛が正義や!」
「甘口こそ至高やろ!辛さでマウント取るなや!」
隣ではその続き。
さらに奥では、
「この新機材、触るなって書いてありますよ」
「え、どれどれ……」
――ガチャッ。
「……あ、壊れた」
麗奈が平然と呟く。
「誰が触ったの!?」
みのりの絶叫。
まさにカオス。
しかしその騒音のすぐ隣、パーティションの向こう側では――
「次の出動要請、経産省は午前中希望です」
「スポンサー案件と被ってるわね。ずらせる?」
真帆さんと、もう一人の敏腕フロントが静かに会話している。
小宮山琴音。
甲斐の疾風と呼ばれる、26歳。
元官僚。
霞ヶ関の論理を知り尽くし、数字と根回しに強い。
真帆さんが永田町――代議士案件担当なら、琴音は霞ヶ関担当。
「文科省は式典形式にこだわっています。演出は控えめに」
「了解。防衛省は?」
「機動力重視。唯奈さんと蒼牙2000改を前面に」
淡々と整理していく。
その背後で、
「コピー機が紙詰まりしてるー!」
「誰やA3無理やり突っ込んだん!」
美月の怒号。
琴音は振り返らず言う。
「二段目トレイ開けて、青いレバーを引いてください。あと、感熱紙は使わないで」
一発で解決。
実は彼女、庶務業務の鬼でもある。
弁当手配、会議室確保、スポンサーへの礼状、備品購入、コピー機修理、慰安旅行企画、歓送迎会幹事、火元責任者としてビルの避難訓練参加。
「庶務課長かな?」と本人も思っている。
それでいて、現役ヒロインとしてステージに立ち、戦闘任務にも参加するのだから意味が分からない。
「琴音さん、次のイベント弁当どうします?」
「甲州名物ほうとう風うどん案もありますが、移動時間を考えると軽食が妥当です」
真面目である。
しかし好物は、ほうとうと鶏のもつ煮。
そして武田信玄をこよなく愛する。
「信玄公ならどう動くか」
をたまに真顔で言う。
ある日、遥室長が書類の山に埋もれていた。
「……ちょっと手が回らないわ」
そこへ琴音。
「こちら、整理しました。優先順位も振り分け済みです」
遥が目を丸くする。
「……私が二人いるみたい」
ヒロ室では本当にそう言われている。
“遥室長が二人いる”
だが琴音は目立たない。
ステージでは派手なヒロインの影に隠れがち。
しかし全員が知っている。
彼女がいないと回らない。
そんなある日。
ヒロ室内で突然の論争。
「富士山は山梨のものです」
「違うわ、静岡よ」
遥室長と琴音の冷戦。
「見えるのは山梨側です」
「美しいのは静岡側よ」
隼人補佐官が小声で呟く。
「また始まった……」
かつて一時、隼人を巡って亀裂が入りかけた二人。
今では笑い話。
だが富士山論争だけは譲らない。
「信玄公の時代から――」
「徳川の流れで――」
議論がヒートアップ。
そこへ美月が顔を出す。
「富士山なんかどっちでもええやん!」
全員が同時に振り向く。
「よくない」
シンクロ。
美月、撤退。
結局、議論は三十分続き、最後は琴音がまとめる。
「結論。富士山は日本のものです」
大団円。
そんな彼女の一日は、朝から晩まで全力疾走。
霞ヶ関の調整、庶務処理、ヒロイン業務、戦闘訓練。
それでも疲れた顔を見せない。
「大丈夫?」
と真帆さんが聞く。
「はい。甲斐の疾風ですから」
さらりと言う。
窓の外、新橋のビル群の向こうに小さく見える富士山。
ヒロ室が大所帯になった今。
百人力の真帆さんと並び立つ、もう一人の柱。
派手さはない。
だが確実に組織を前に進める。
甲府名物ほうとうのように、地味だが滋味深い。
今日も小宮山琴音は走る。
おやつ争奪戦の隣で、国家規模の調整をしながら。
ヒロ室は今日も、なんとか回っている。
それはきっと、甲斐の疾風が吹いているからだ。




