ご清聴ありがとうございますが言えない女たち——真帆の政治講座、大炎上の巻
ヒロ室ミーティングスペースに、珍しく重々しい空気が漂っていた。
ホワイトボードには大きくこう書かれている。
「政治的挨拶 基礎講座」
講師:安岡真帆。
元大物代議士秘書。永田町の修羅場を知り尽くした女である。
「近々、地方自治体の首長や議員の方々と同席するイベントが増えます。ヒロインとして最低限の“政治的挨拶”は身につけておきましょう」
真帆の声は落ち着いている。
だが、目が本気だ。
「基本は三点。感謝、敬意、そして無難」
この時点で、美月が小声で呟く。
「無難って一番むずいやつやん」
彩香が腕を組む。
「ウチらに無難求める時点で間違っとるわ」
真帆は聞こえないふりをした。
「では、実践です。『本日はお招きいただき誠にありがとうございます』から始めてください」
トップバッター、美月。
マイクを握る。
「本日はお招きいただきまして、ほんまにありがとうございます!この街、めちゃくちゃええとこやなって思いましたわ!」
真帆、即座にメモ。
「関西色、やや強いです」
彩香。
「本日は呼んでもろてありがとうございます!この街の気合い、感じましたわ!」
「“気合い”は抽象的です」
みのりは理知的にいく。
「本日は貴重な機会を賜り——」
途中で止まる。
「“賜り”って噛みそうですね」
柏木理世は理屈で攻める。
「本日は行政と市民の協働の重要性を——」
真帆が慌てて止める。
「政策提言は不要です」
阿部柚葉は感性派。
「この街の風の匂い、好きです」
「それはポエムです」
神代なつめは腕を振り上げる。
「今日は全力でいくきねぇぇぇ!」
「選挙演説ではありません」
場はすでに崩壊寸前。
そこへ、静かに手を挙げる乙実。
「本日はお招きいただき、ありがとうございます。お世話になります」
以上。
余計な一言なし。
真帆、静止。
ヒロイン一同、沈黙。
美月がひそひそ。
「……普通や」
彩香が呟く。
「一番怖い普通や」
真帆の目が輝く。
「完璧です」
乙実、きょとん。
「んだ? 普通に言っただけだべ」
真帆はホワイトボードに大きく書く。
“乙実モデル”
「政治の場では、自己主張より“無害さ”が武器です」
すると麗奈が笑う。
「乙実ちゃん、政治家向きじゃない?」
小春が茶化す。
「いぶし銀候補者、爆誕?」
美月が乗る。
「比例区いけるで!」
乙実、慌てる。
「やめてけろ!」
だが真帆は本気だった。
「実際、場を荒らさない、敵を作らない、言い過ぎない。これは才能です」
そのとき、波田顧問が入ってくる。
「おいおい、なんだこの講座は」
真帆が説明する。
「政治的挨拶の基礎を——」
波田顧問はヒロイン達を一瞥し、笑う。
「こいつらに無難を仕込むのは無理だな」
美月が即座に反応。
「せやな!」
彩香も頷く。
「ウチらは暴れてナンボや」
真帆、ため息。
「……では方向転換です。最低限“炎上しない”ことを目標に」
しかし次の瞬間。
なつめが手を挙げる。
「炎上って、どの程度からが炎上なが?」
あかねが法律的に説明を始める。
理世が統計を持ち出す。
柚葉が感性で反論する。
再びカオス。
その中心で乙実がぽつり。
「みんな、落ち着くべ」
一言で、なぜか空気が静まる。
真帆は思った。
(……やはり、この子だ)
個性の塊のヒロイン達。
爆発力はあるが、政治向きではない。
だが乙実は違う。
派手さはない。
声も大きくない。
だが場を荒らさない。
人を立てる。
真帆は静かに呟いた。
「いぶし銀……恐るべし」
講座は結局、失敗と言えば失敗だった。
誰一人、完全な政治挨拶を習得できなかった。
だがひとつだけ収穫があった。
「乙実、政治的資質あり」
という謎の結論である。
帰り際、美月が笑いながら言った。
「乙実ちゃん、将来、県議とか出たら応援するわ」
彩香も乗る。
「ウチ、選挙カー乗ったるで」
乙実は顔を真っ赤にして叫ぶ。
「やめでけろってば!」
ヒロ室に響く笑い声。
真帆は心の中で思う。
(政治的挨拶は失敗。でも、ヒロイン達の個性は守れた)
それでいい。
政治は計算。
ヒロインは熱量。
その中間に立てるのは、きっと——。
「乙実さん、また今度、個別講座を」
「えっ、まだやるんですか?」
再び悲鳴が上がるヒロ室。
政治講座は終わらない。
だが今日の結論は明確だった。
乙実、最も無難。最も政治向き。
そして、ヒロイン達はやっぱり無難にはなれない。




