拍手は前に、感謝は裏に ――川口オートで一番名前を呼ばれた女
その日のイベントは、どう見ても大物案件だった。
会場は埼玉県川口市。
キューポラの街として知られ、荒川を一本越えればもう東京。
工業の匂いと生活の便利さがちょうどいい塩梅で混ざった、
「首都圏の実務都市」みたいな土地である。
しかも場所は――
オートレース場。
広い。
音がでかい。
人も多い。
これはもう、
裏方泣かせ確定の現場だった。
出演陣も、完全にドリーム編成。
河内弁で煽る美月。
荒っぽい播州弁で客を掴む彩香。
ストイック全開の麗奈。
安定感の塊・みのり。
元気印の唯奈。
そして――
元バスガイド・西里澄香の熊本弁MC。
「さぁさぁー!
今日は川口オートが、
戦隊ヒロインで大渋滞ばい!」
軽快すぎる。
そこに追い打ちをかけるように、
ドリームトラクター蒼牙2000・改が登場。
でかい。
光る。
音がする。
もう会場は、
派手の暴力だった。
そんな中――
今津乙実は、
ステージ脇でしゃがんでいた。
なぜなら。
「……ここ、段差ありますね」
「足元、気をつけてください」
裏方さんに、
そっと声をかけていたからだ。
ステージでは、
ヒロインたちが縦横無尽に暴れている。
美月が叫ぶ。
彩香がツッコむ。
麗奈がキレる(良い意味で)。
みのりが場を整える。
澄香のMCが会場を転がす。
歓声。
拍手。
フラッシュ。
――乙実、完全に映らない。
だが。
「お姉さん、これ重いでしょ」
「私、持ちます」
乙実は、
裏で機材ケースを運んでいた。
「水、足りてます?」
「暑いから、先に飲んでください」
控室に、
ペットボトルを配っていた。
「コード、踏まれそうです」
「ここ、まとめますね」
誰にも言われていないのに。
「……あの子、誰?」
音響スタッフが、
ぼそっと言った。
「ヒロインの子だよ」
「え、マジで?」
次の瞬間。
「……めっちゃ助かるんだけど」
イベント終盤。
ステージは無事成功。
観客も大満足。
だが裏では、
疲労が一気に出る時間帯。
「いやー、今日はキツかったな」
そんな空気の中、
乙実は最後まで残っていた。
「ゴミ、まとめますね」
「分別、いつも通りでいいですか?」
その一言で、
裏方の表情が変わる。
「あ……分かってる人だ」
撤収作業が終わった頃。
誰かが言った。
「今日さ、一番助かったの、
あの山形の子じゃない?」
「だよな」
「名前、なんだっけ」
「……今津、乙実さん」
その名前が、
裏方の間で静かに回る。
打ち上げ前。
真帆が、
ぽつりと漏らす。
「ステージに立つヒロインは多いけど、
裏方にここまで感謝される子、
ほんと珍しいよ」
乙実は、
その会話を知らない。
「……今日、あんまり目立たなかったな」
そう思いながら、
帰り支度をしている。
だが。
拍手は前にあっても、
感謝は裏にある。
川口オートレース場で、
一番名前を呼ばれたのは――
間違いなく、
今津乙実だった。
いぶし銀は、
今日も静かに、
場を支えていた。




