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ヒロインズ・リンク 〜戦隊ヒロインプロジェクト〜  作者: スパイク
プロローグ

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513/695

怒鳴る客より静かに強い ――川越で一番頼りになった女

その日は、最初から嫌な予感しかしなかった。


 舞台は埼玉県川越市。

 小江戸と呼ばれる蔵造りの街並み、観光客でにぎわい、週末ともなれば和装カップルと食べ歩き客でごった返す人気観光地――のはずだった。


 だが、その日は違った。


 朝から空はどんより。

 小雨が降ったり止んだり。

 設営は遅れ、音響は不調、進行表はぐちゃぐちゃ。


 観客席から、早くも声が飛ぶ。


「まだ始まらねぇのか!」

「寒いんだけど!」

「段取り悪すぎだろ!」


 空気が、ささくれ立っていた。


 その不穏な空気に、真っ先に反応したのが――

 麗奈だった。


「ちょっと! 今スタッフが調整してますから、静かに待ってください!」


 ストイックで、意外なことに規律重視。

 間違ったことは言っていない。

 だが、相手が悪かった。


 最前列に陣取っていた、

 杖を持った高齢男性が、眉を吊り上げる。


「なんだその言い方は!」

「年寄りだと思ってナメてんのか!」


 麗奈のこめかみに、ぴくっと青筋が浮く。


「マナーを守れない方は――」


 その瞬間だった。


「すみません、すみません」


 間に、すっと一人が入った。


 今津乙実だった。


 派手さ皆無。

 声も低め。

 笑顔も控えめ。


 だが、立ち位置が完璧だった。


 相手より一歩下がり、

 腰を少し落とし、

 視線は真正面ではなく、少しだけ外す。


「寒い中、待たせてしもて……そら、腹立つのも無理ねぇです」


 庄内弁まじりの、柔らかい声。


 高齢男性の怒鳴り声が、ぴたりと止まる。


「……」


「音も出ねぇし、時間も押して……

 今日は、楽しみに来た日ですもんねぇ」


 乙実は、一切言い訳をしない。

 一切、注意もしない。


 ただ、気持ちを代弁した。


「……まあな」


 男性の声のトーンが、一段落ちた。


 乙実はそこで、少しだけ笑う。


「もう少ししたら、ちゃんと始まります」

「寒いでしょうから、無理しねぇでください」


 それだけ言って、

 すっと下がる。


 火に油を注ぐどころか、

 火種を握って消した瞬間だった。


 後ろで見ていた麗奈は、ぽかんとしていた。


「……え?」


 さっきまであれほど怒鳴っていた男性が、

 乙実の背中に向かって小さく言う。


「……あんた、いい子だな」


 さらに追撃。


「さっきの子(麗奈)も悪くねぇけど、

 あんたの方が話が分かる」


 ――完全に乙実のファンである。


 麗奈は唇を噛みしめる。


「……納得いかない」


 だが、観客席の空気は明らかに和らいでいた。


 イベントは、その後なんとか再開。


 小さな拍手。

 控えめだが、温度のある反応。


 控室に戻るなり、麗奈が乙実に詰め寄る。


「……さっきの、どうやったの?」


 乙実は首をかしげる。


「どうって……話、聞いただけです」


「いや、私が言ったら絶対こじれてた!」


「麗奈さんは、正しいこと言ってました」


「でも!」


「正しいと、通じるは……違う時もあるんです」


 その一言に、麗奈は黙った。


 そこへ真帆が静かに頷く。


「今津さん、助かりました」

「一番難しい仕事を、一番静かにやりましたね」


 周囲のヒロインたちも口々に言う。


「空気、一気に変わったよね」

「いつの間に入ってたの?」


 乙実は困ったように笑う。


「そんな、大したこと……」


 だが、さっきの高齢男性が

 帰り際に、もう一度声をかけてきた。


「なぁ、次も来るのか?」

「またあんたに会いたいな」


 乙実は深く頭を下げる。


「ありがとうございます」


 その背中を見ながら、

 麗奈がぼそっと言った。


「……悔しいけど、完敗」


 派手な見せ場はない。

 拍手をさらうこともない。


 だが――

 今日一番、場を救ったのは誰か。


 その答えは、

 全員、もう分かっていた。


 いぶし銀。

 目立たないが、欠けたら終わる。


 今津乙実という女は、

 そんなポジションに、いつの間にか立っていた。


 本人だけが、

 その価値に気づかないまま。

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