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ヒロインズ・リンク 〜戦隊ヒロインプロジェクト〜  作者: スパイク
プロローグ

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508/696

山から来たヒロイン、花見川区に降り立つ ――今津乙実、初めての上京(※千葉)

作者は千葉市花見川区に8年間住んでいました。

住みやすくて良い街でした。

今津乙実、二十三歳。

山形県鶴岡市の山あい、平成の大合併で市に編入されたものの「市」を名乗るにはあまりに山しかない限界集落で生まれ育った庄内弁話者が、ついに上京する日が来た。


とはいえ行き先は東京ど真ん中ではない。

新居は千葉市花見川区。

この選定をしたのは、戦隊ヒロイン界きっての面倒見担当、館山みのりである。


「乙実さん、いきなり都心は胃がやられるから。千葉市花見川区がいい。静かで、緑あって、でも電車一本で都内出られる」


花見川区は、派手さはない。

だが住宅地は落ち着き、川沿いには遊歩道と木々が続き、春は桜、夏は風、秋は夕焼け、冬も空が広い。

買い物は困らず、騒がしすぎず、交通も悪くない。

人は穏やかで、生活の速度が人間に優しい。

八年住めば「もうここでいいじゃん」と思わせる、地味だが底力のある土地だ。


乙実は初日、駅を出た瞬間に立ち止まった。


「……都会って、もっとビルが刺さってるもんだと思ってた」


みのりが笑う。


「ここ、ちょうどいい都会。都会の“弱火”」


乙実は頷いた。

弱火。とても大事な言葉だと思った。


上京ヒロインの生活サポート体制は万全だった。

月島小春は生活リズム担当、

館山みのりは総合保護者、

ヒロ室スタッフの高島里奈は手続きの鬼、

内田あかねは規則と書類の番人。


そして、なぜか頼れるのが――

熊本から上京し、現在は船橋在住の西里澄香だった。


「乙実ちゃん、困ったらとりあえず私に言って。大体なんとかなるけん」


澄香は本当に、だいたいなんとかしてくれる人だった。


問題は、乙実本人である。


初めての改札。

ICカードをタッチし、なぜか二歩下がる。


「今の、通ってよがったんだが?」


「通ってる通ってる!進んで!」


初めてのエスカレーター。

右に立つか左に立つかで一分固まる。


「これ、立ち位置決まっとるんだが?」


「地域差あるから!今はとりあえず左!」


極めつけは、初カフェだった。


みのりが言う。


「じゃ、各自注文して」


乙実、メニューを見る。

カタカナの洪水。

呪文。完全に呪文。


「……あの……この、ミルク多めの……その……」


店員がにこやかに言う。


「サイズはいかがなさいますか?」


乙実、沈黙。

サイズとは何だ。

大中小ではないのか。

S・M・Lではないのか。


「……普通で」


「トールですね」


「……はい……」


横で澄香が肩を震わせている。

小春は静かに天井を見ている。

みのりは助けない。ここは通過儀礼だ。


ようやく受け取ったカップを見て、乙実は言った。


「……これ、でっかいコップだの……」


飲んで、目を丸くする。


「甘っ!苦っ!なんだこれ!うまいけど訳わがんね!」


全員、吹いた。


そんな乙実も、夜になると少し静かになる。

花見川の住宅街のベランダで、夜風に当たりながらぽつりと言った。


「……ここ、静かでいいな。山の夜と、ちょっと似てる」


みのりが頷く。


「でしょ。乙実ちゃん、ここなら大丈夫」


乙実は遠くの灯りを見ながら、小さく笑った。


「……都会、怖いけど……ちょっと楽しい」


限界集落から来たヒロインは、

派手に輝く準備はまだできていない。


でも今津乙実は、花見川区という“ちょうどいい場所”で、

確実に、新しい人生の足場を踏み固め始めていた。


そして翌日――

再びカフェでメニューを見て、乙実は言った。


「……今日は……その……昨日と同じ呪文でお願いします」


成長は、ゆっくりだが確実だった。

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