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ヒロインズ・リンク 〜戦隊ヒロインプロジェクト〜  作者: スパイク
プロローグ

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507/694

山の向こうに、まだ見ぬ光――今津乙実という選択

山形県鶴岡市。

市街地から車でさらに山道を分け入った先に、平成の大合併で「一応は鶴岡市」になった山あいの集落がある。


今津乙実、二十三歳。

その集落に、今も住んでいる。


山に囲まれ、日照は短く、土は痩せている。

農業に向いているとは、とても言えない土地だ。

それでも、わずかな畑を耕し、作物を育て、

爪に火を点すような暮らしを、何世代も続けてきた。


若者はほとんどいない。

同世代は数えるほどで、進学や就職で町に下り、

戻ってこなかった者の方が多い。


夢や希望という言葉は、

この集落では、あまり口にされない。


乙実の実家も、貧農だった。

高校を卒業すると、鶴岡市内の食品工場に就職。

山道を一時間近く運転して通勤し、

繁忙期には田畑に戻って手を貸す――半農民の生活。


「楽だ」なんて、思ったことは一度もない。


それでも乙実は、

この土地が嫌いではなかった。


山の匂い。

雪の音。

黙っていても、助け合う人たち。


だから、離れるつもりはなかった。

……少なくとも、それまでは。


「一度くらいは、都会っちゅうもんを見てみたい」


そんな気持ちが、胸の奥に芽生えたのは、

誰にも言えない、小さな本音だった。


乙実は、子どもの頃から山を駆け回って育った。

獣道を知り、雪道を踏み、

野良仕事で鍛えられた足腰は、驚くほど強い。


訓練で走れば、息が乱れない。

踏ん張れば、簡単には倒れない。


「……案外、いけるな」


本人は無自覚だが、

戦隊ヒロインの基礎訓練では、

その身体能力の高さが、はっきりと数字に出た。


さらに、高校時代は演劇部。

舞台に立ち、声を出し、人の視線を浴びることに、抵抗はない。


「目立つの、別に嫌いじゃねぇし」


そう言って、庄内弁で笑う。


ただし――

見た目は、垢ぬけていなかった。


山育ちの、野暮ったい雰囲気。

服装も、髪型も、実用一辺倒。


ところが。


髪を整え、軽くメイクを施し、

戦隊ヒロインの制服に袖を通した瞬間、

周囲の空気が、すっと変わった。


「……あれ?」


「素材、良くない?」


鏡に映った自分を見て、

乙実は、少し戸惑った。


そこにいたのは、

思っていたよりも、ずっと端正な顔立ちの自分だった。


それを、真っ先に口にしたのが、詩織だった。


「乙実さん、とっても似合ってますよ」


まっすぐで、嘘のない声。


乙実は、思わず目を逸らして、

庄内弁で答える。


「……詩織ちゃんには、敵わねぇよ」


照れ隠しのつもりだったが、

詩織は首を振った。


「そんなことありません」

「乙実さんは、乙実さんの良さがあります」


その言葉は、

雪の下に眠っていた何かを、静かに溶かした。


今津乙実は、

夢を追ってきた人間ではない。


生きるために、働き、耐え、

守るために、踏ん張ってきた人間だ。


だからこそ――

その強さは、静かで、折れない。


山の向こうに、まだ見ぬ光があるなら。

それを一度、確かめに行くくらいは、

きっと許される。


限界集落からやってきた、

少し不器用で、やさしい戦隊ヒロイン。


今津乙実の物語は、

ここから、ゆっくりと動き始める。

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