雪の里から、光の方へ――今津乙実、人生で一度のわがまま
詩織に「これからも一緒に活動しませんか」と言われた夜、
今津乙実は、集落の外れにある自宅の縁側で、しばらく雪を眺めていた。
庄内の山あい。
高齢者ばかりの、いわゆる限界集落。
若者は数えるほどで、二十代は――自分だけ。
「……私がいなくなったら、もっと大変になる」
それは事実だった。
雪かき、買い出し、役場との連絡、ちょっとした力仕事。
気づけば、全部“乙実がやる前提”になっていた。
でも同時に、胸の奥で別の声がした。
——一度でいいから。
——一度でいいから、華やかな世界を見てみたい。
二十三歳。
この山の中で、我慢ばかりしてきた二十三年。
翌日、乙実は集落の人たちを集めた。
「……東京で、戦隊ヒロインっちゅう活動に、誘われました」
途端に、ざわつく。
「はぁ!?」
「何言ってらだ!」
「ここ放ってどこさ行ぐ気だ!」
ドギツイ庄内弁が、遠慮なく飛ぶ。
長老が腕を組んで言った。
「乙実、おめだげ若ぇもんが抜けたら、集落は終わりだぞ」
乙実は、頭を下げた。
「分がってます」
「でも……今まで、ここで出来ることは、全部やってきました」
「一度でいいんです」
「一度だけ、自分の人生、見てみたいんです」
しばらく、沈黙。
やがて、誰かがぽつりと。
「……乙実が決めだなら、しゃあねぇ」
「戻って来ねぇとは言ってねぇんだべ?」
長老は、深く息を吐いた。
「行ってこい」
「その代わり、胸張って帰ってこい」
乙実は、堪えきれず泣いた。
——そして数日後。
真帆との面談。
乙実は、災害時の行動、罹災者への向き合い方、
そして集落での生活を、飾らずに話した。
真帆は、メモを取りながら静かに頷く。
「あなたは、支える側の人間ですね」
「現場で、一番必要なタイプです」
結果は、合格。
詩織は、まるで自分のことのように喜んだ。
「よかったです……本当に……」
その場で、お友達紹介キャンペーンが適用される。
真帆が差し出したのは、
封筒一つ。
「こちら、粗品です」
中身は――
麗奈ちゃんプリペイドカードと、
戦隊ヒロイン手ぬぐい。
詩織は、しばらく黙って見つめたあと、
「……これ、どうやって使うんでしょうか?」
全員ずっこけた。
「えっ、そこ!?」
「初めてだよ、喜び方が素直すぎる!」
詩織は困り顔で、でも嬉しそうに言う。
「でも……カードも、手ぬぐいも、
誰かが私を信じてくれた証ですよね」
「……すごく、嬉しいです」
乙実の集落に戻ると、
詩織も一緒についてきた。
手ぬぐいを広げる詩織を見て、
おばあちゃんたちが口々に言う。
「なんだその可愛い布!」
「首巻ぐが? それとも飾るが?」
「このカードは何だべ?」
「お金入ってらのか?」
詩織は必死に説明する。
「えっと……電子的な……」
「……すみません、私もよく分かってません」
集落、大爆笑。
「都会のもんでも分がらねぇもん、あんだな!」
「乙実、変なの連れてきたな!」
乙実は笑いながら、胸が熱くなった。
——雪の里から、光の方へ。
今津乙実は、
自分の居場所を捨てたのではなく、
新しい居場所を一つ、増やしただけだった。
その一歩は、
静かで、でも確かに、
戦隊ヒロインの物語を前へ進めていた。




