雪の先へ――今津乙実、もう一歩前に出る
庄内の雪は、しぶとかった。
一つの集落に道が通ったからといって、それで終わりではない。
谷を一つ越えれば、また孤立。尾根を回れば、また別の孤立。
蒼牙2000・改は、休むことなく前へ進んだ。
除雪アームが雪を割り、エンジン音が谷に反響する。
《次の集落まで、約一・三キロ。除雪継続します》
「へぇ、相変わらず働き者だごど」
唯奈が肩を回しながら、ドギツイ茨城弁で言う。
「雪ぁ文句言わねぇから楽だっぺ。人の方がよっぽど難しい」
その言葉は、どこか真理を突いていた。
蒼牙2000・改が道を開くと、
伊吹真白のカンガルーマークのトラックが続く。
食料、灯油、毛布。
「届く」ことそのものが、何よりの救いだった。
そこへ、ヒロインたちと今津乙実が入る。
詩織は、変わらず穏やかな声で歌い、
美月は元気いっぱいに声を張り、
みのりと小春は高齢者の話を丁寧に聞き、
麗奈は子どもたちの目線までしゃがんで笑う。
行く先々で、感謝の言葉が飛ぶ。
「助かったぁ」
「まさか、こんな雪ん中まで来てくれるとは」
だが――
どの集落にも、必ず一人二人はいる。
「こんなもんで、何が変わるんだ」
「写真撮って帰るだけだべ」
空気が、少し張りつめる。
詩織はまた、一瞬だけ言葉を失った。
その時、乙実が一歩前に出る。
「……分がります」
庄内弁が、静かに落ちる。
「怖いし、不安だし、
誰かに当たらねぇと、気持ち持たねぇ時もあります」
罹災者は、ふっと目を伏せた。
「でもな、
この人たちが来てくれたから、
“忘れられてねぇ”って思えたんです」
「それだけで、今日は一つ、越えられる日です」
派手な言葉ではない。
だが、同じ場所で生きてきた人間の言葉だった。
罹災者は、短く頷いた。
「……悪かったな」
詩織は、胸の奥が温かくなるのを感じていた。
自分は、歌うことでしか寄り添えないと思っていた。
だが、寄り添い方は一つじゃない。
その夜、最後の集落での慰問を終え、
除雪作業も一段落した。
蒼牙2000・改のエンジンが静かになり、
唯奈が長く息を吐く。
「ふぅ……終わったな。
雪はよ、片付くと案外あっけねぇ」
その横で、乙実は集落を振り返っていた。
「……これで、私の役目も終わりです」
少しだけ、名残惜しそうに。
その時、詩織が声をかけた。
「乙実さん」
「……これからも、一緒に活動しませんか?」
乙実は驚いた。
「え……私が、ですか?」
詩織は、真っ直ぐに続ける。
「私、ずっと思ってました。
歌えば元気になってもらえるって」
「でも今日、初めて分かりました。
“同じ場所に立つ”ことの大切さを」
「乙実さんの言葉がなかったら、
私、きっと空回りしてました」
真帆も、静かに口を開く。
「現場に必要なのは、
きれいな言葉より、通じる言葉です」
「あなたは、それを持ってる」
乙実は、しばらく黙ったままだった。
やがて、ぽつりと。
「……私、華やかな世界なんて、
縁がないと思ってました」
「それに……集落のことが、心配で」
高齢者ばかりの、あの場所。
雪が降れば、また同じことが起きる。
詩織は、やさしく笑った。
「だからこそ、ですよ」
「乙実さんがつながってくれたら、
次はもっと早く、もっと強く動けます」
乙実は、空を見上げた。
雪は止み、雲の切れ間から、わずかに光が差していた。
「……少しだけ」
「少しだけ、華やかな世界、見てみてもいいですかね」
誰も、答えを急かさなかった。
蒼牙2000・改が、低く応じる。
《新たな役割の開始は、いつでも可能です》
唯奈が笑う。
「まぁ、深く考えんな。
人はよ、動きながら決めりゃいいんだっぺ」
庄内の雪の中で――
今津乙実は、静かに一歩、前へ進み始めていた。
それは、
戦隊ヒロインの物語の、次の扉が開く音だった。




