千円で揺れる正義――ヒロ室おやつ戦争・開戦
ヒロ室の休憩スペースが、ここまで甘く、ここまで輝いて見えた日はなかった。
テーブルの上には、
有名洋菓子店のシュークリーム、
限定ロールケーキ、
なぜか一粒ずつ箱に入った高級チョコレート。
「……これ全部、罰金やんな?」
赤嶺美月が腕を組んでうなずく。
「せや。全部“ビーチ補佐官基金”や」
小春がフォークを握りしめる。
「ありがとう……ビーチさん……!」
みのりは理知的に総括した。
「名前を間違えるたびに甘味が増える。合理的ですね」
その瞬間、
当のビーチ隼人補佐官は、部屋の隅で体育座りをしていた。
「俺の尊厳は……どこに行ったんだ……」
■悪魔の会議(おやつ前)
「なぁ、これさ」
美月が声を潜める。
「もっと豪華にできへん?」
「……え?」
「どういう意味?」
彩香がニヤリとする。
「“さゆり”って言わせりゃええんやろ?」
小春が即座に理解した。
「つまり……誘導尋問?」
みのりが頷く。
「心理的トリガーを踏ませる、と」
「それや!」
美月が机を叩く。
こうして、
史上もっともどうでもいい作戦会議が始まった。
■第一日:露骨すぎて失敗
美月が隼人に近づく。
「なぁビーチさん」
「……何だ」
「最近、国分町とか行ってへん?」
「行ってない!」
「ほな、さゆ……」
「言わせるか!!」
即座に回避。
「ちっ……」
「早すぎるわ」
■第二十日:自然な会話を装う作戦
小春が穏やかに話しかける。
「紗耶さんって、青森でしたよね」
「そうだな」
「……“さ”がつく人、多いですよね」
「……」
隼人、無言で後ずさり。
「今の危なかった」
「惜しい!」
「千円逃した!」
■第三十五日:逆襲のビーチ隼人
隼人も、黙ってはいなかった。
「……なぁ」
ヒロイン達を見渡す。
「これ以上罰金増えたら、俺、夜の店に行けなくなる」
「自業自得やろ」
「反省してへんやん」
「だからだ」
隼人は低く宣言した。
「今日から俺は、完全無言主義で行く」
「は?」
「質問も、指示も、全部ホワイトボードだ」
■地獄の無言週間
ホワイトボードに書かれる指示。
《集合》
《解散》
《各自判断》
「めんどくさっ!」
「逆に疲れる!」
詩織が首を傾げる。
「……お芝居の稽古かな?」
陽菜は感心していた。
「文字きれいですね」
■第六十日:紗耶、困る
紗耶が小さく声をかける。
「あの……補佐官……」
隼人、反射的に答えそうになる。
「……」
全員、息を呑む。
「……だ、大丈夫です」
危機回避。
だがその様子を見た美月が呟く。
「……ちょっと可哀想になってきたな」
■第八十日:ついに事故が起きる
慌ただしい現場。
隼人が反射で叫ぶ。
「さゆりさん、そっちは――」
沈黙。
次の瞬間。
「「「千円ーーー!!!」」」
拍手。
紙袋が増える。
「これで今月のケーキ確定や!」
「ティラミス追加!」
隼人は天を仰いだ。
「……俺は、何と戦ってるんだ……」
■第百日:戦争、自然終結
豪華になりすぎたおやつに、
ついに真帆が一言。
「……糖分、過多」
遥室長も穏やかに言った。
「もう十分かな」
その一言で、戦争は終わった。
ヒロ室に残ったのは、
甘い匂いと、
妙な連帯感と、
財布が軽くなったビーチ隼人だけだった。
紗耶が小さく笑う。
「……ありがとうございました」
隼人は、やっと自然に答えた。
「こちらこそ」
名前は、言わなかった。
それだけで、
この戦争は、意味があった気がした。




