その名を呼ぶな!――ビーチ隼人、過保護未遂で即制圧される
ヒロ室の朝は、基本的に騒がしい。
だがこの日の騒がしさは、少し種類が違った。
「……紗耶さん、寒くない?」
開口一番、それを言ったのは藤堂隼人補佐官。
いや、今や正式には――ビーチ隼人補佐官である。
「いえ、大丈夫です」
蛯沢紗耶は柔らかく微笑みながら答える。
それだけで済めば、何の問題もなかった。
「でもほら、ここエアコン直撃だし。
席、替わろうか?」
「本当に大丈夫ですから……」
「飲み物は?
温かいのにしようか?」
ヒロインたちが一斉に顔を上げた。
「ちょっとビーチさん?」
「それ過保護通り越して介護やで」
「まだ始業5分やぞ」
美月と彩香が笑いながらツッコむが、
当の本人は気にする様子もない。
「無理しなくていいからね。
……さゆりさん」
――その瞬間。
ヒロ室の空気が、凍った。
まるで誰かが
“やってはいけない効果音”のボタンを
押してしまったかのように。
「……」
全員が、ゆっくり一人の方向を見る。
遥室長。
さっきまでの
穏やかで上品な駿河美人スマイルは消え、
そこにいたのは――
不動明王。
「……今、なんて言ったのら?」
声は静か。
だが静かすぎて、逆に怖い。
「え?」
隼人補佐官、完全に固まる。
「もう一回言ってみ?」
「い、いや、その……」
「“さゆりさん”って聞こえたけど?」
ヒロイン一同、心の中で叫ぶ。
(言うな!掘り下げるな!)
波田顧問が低く唸る。
「ビーチ……
それは封印指定語だ」
「過去ログが一気に蘇るやつですね」
内田あかねが淡々と補足する。
「完全に地雷踏んだな」
真帆が冷静に判定。
「え?
“さゆり”って誰?」
陽菜が無邪気に首を傾げ、
詩織は台本から顔を上げる。
「新しいメンバー……?」
「違う違う違う!」
美月と彩香が同時に制止。
「陽菜、知らんでええ!」
「しおりん、台本に戻って!」
その間にも、
遥室長は一歩、また一歩と近づいてくる。
「隼人くん?」
「は、はい」
「今のは、言い間違い?」
選択肢は一つしかない。
「は、はい!
完全な言い間違いです!」
「ふぅん……」
遥室長、にっこり。
全員、後ずさる。
「じゃあ、過保護もほどほどにしよ?」
「……はい」
その時、紗耶が慌てて口を挟む。
「あ、あの……
私のせいで空気が……」
「違う違う!」
ヒロインたちが一斉にフォロー。
「紗耶は悪くない」
「ビーチさんの自爆」
「完全な単独事故」
波田顧問が腕を組む。
「結論だ。
ビーチは距離感を覚えろ」
「はい……」
遥室長が最後に一言。
「次に“さゆりさん”って言ったら」
にこり。
「ビーチ永久欠番だからね?」
その日、ヒロ室に新たな教訓が刻まれた。
――
駿河女は穏やかだが、
本気で怒らせると不動明王。
そして、
ビーチ隼人の修行の日々は、
まだしばらく続くのであった。




