無罪だが有罪――ビーチ隼人、法と倫理のはざまで立ち尽くす
その日、ヒロ室には妙な統一感があった。
「おはようございます、ビーチ補佐官」
フロントの琴葉が、完璧な業務スマイルでそう言った瞬間、
藤堂隼人補佐官は一瞬だけ時が止まった。
「……あのさ」
「はい、ビーチさん」
真帆が間髪入れずに重ねる。
もう“補佐官”ですらない。
廊下の向こうから、波田顧問の声が飛んでくる。
「おうビーチ、今日の資料な」
「顧問まで!?」
完全包囲網だった。
原因は言うまでもない。
遥室長――穏やかな駿河弁の皮を被った策士――による
**“あだ名定着工作”**の成果である。
会議室に入ると、すでにヒロイン達が揃っていた。
「おはようございます、ビーチ補佐官♪」
美月が満面の笑み。
完全に楽しんでいる。
「昨日の件、大変でしたねぇ」
彩香は肩をすくめる。
言い方が妙に優しいのが逆に刺さる。
「……大丈夫ですか?」
小春は心配そうだが、
語尾にほんのり“ビーチ”が乗る。
「その……潮風とか、大丈夫?」
理知的で温厚なみのりが、
なぜか自然派コメントを投げてくる。
柚葉に至っては、
「ビーチ補佐官って、
なんか夏限定感ありますね」
もう完全にキャラが固まっていた。
その一方で。
「……ねえ詩織ちゃん」
「はい?」
「“ビーチ”って、なんで?」
陽菜が小声で聞く。
「さあ……海のイベントでもあったのかな?」
詩織は台本をめくりながら首を傾げる。
二人とも、“ソープ”の意味を知らない。
この事実が、事態をよりややこしくしていた。
隼人補佐官は、ついに耐えきれず口を開く。
「俺さ……
なんか法律に触れるようなこと、したかな?」
その瞬間。
「それについてですが」
スッと手を挙げたのは、
ヒロ室スタッフ兼・法科大学院生の内田あかね。
眼鏡をクイッと上げる。
「まず、いわゆる“ソープランド”という業態は
風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律、
いわゆる風営法の枠内に存在します」
「ちょ、待って、
“いわゆる”って何!?」
無視。
「個人が客として利用すること自体は、
刑法上、違法ではありません」
「ほら見ろ!無罪!」
「ただし」
あかね、間を置く。
「藤堂補佐官は、
遥室長と半同棲関係にありますよね?」
空気が凍る。
「……はい」
「その場合、
法的には無罪ですが、
倫理的評価は別問題です」
静かな断罪。
「特に、
公的プロジェクトの幹部としての
信頼性・説明責任・
パートナーへの誠実性という観点からは――」
「もういい!もういいから!」
隼人補佐官、頭を抱える。
この時点で、
琴葉と真帆は完全に笑いをこらえていた。
「真帆さん、顔」
「いや……
法的無罪・倫理的有罪って
一番めんどくさいやつだなぁって」
「“無罪だが終わってる”やつですね」
二人、失笑。
そこへ、満を持して遥室長が現れる。
「何の話してるのら?」
穏やかな駿河弁。
だが目は笑っていない。
「……ビーチ補佐官の
法的立場についてです」
あかねが律儀に説明すると、
「ふぅん……
じゃあやっぱり“ビーチ”でええじゃん」
鶴の一声。
「しばらくはね」
「しばらくっていつ!?」
「世間が忘れるまで」
その日、
藤堂隼人補佐官は悟った。
法は守れても、
遥室長の機嫌は守れない。
こうしてヒロ室には今日も響く。
「お疲れさまです、ビーチさん」
――無罪だが、
完全に包囲されている男の物語は、
まだしばらく続く。




