人生は黒歴史、提出物は白無地 ――真面目が過剰な女・蛯沢紗耶
蛯沢紗耶は、基本的に目立たない。
いや、正確に言うと――目立たないようにしている。
その理由を、彼女は語らない。
語らないが、隠そうとする圧が異様に強い。
「大丈夫です! 私、やります!」
朝のヒロ室。
誰も頼んでいないのに、紗耶は既に立っていた。
「まだ何も言ってへんぞ?」
美月が怪訝そうに言う。
「いえ、でも、何かあると思って……!」
「先読み能力が過剰や」
この日のお題は、
ヒロイン活動費の伝票提出。
多くのヒロインが露骨に目を逸らす、魔の業務である。
「えっと……レシート、どこやったかな……」
「写真撮ったけど保存先が……」
「そもそも提出期限いつだっけ……」
空気が淀む。
その中で、
一人だけ異様に静かな女がいた。
蛯沢紗耶。
机の上には、
・日付順に並べられたレシート
・クリップ留め
・鉛筆で小さく用途メモ
・合計金額の手計算
「……怖」
麗奈が漏らす。
「紗耶さん、それ……全部?」
けちのんが覗き込む。
「はい。交通費、食費、消耗品。
これは個人負担にしました」
「……完璧やん」
けちのん、無言で合格判定。
ヒロ室がざわつく。
「え、デジタル提出じゃないの?」
「紙で出すの、逆にレアじゃない?」
紗耶は首を振る。
「パソコンは……ちょっと……
でも、紙なら……間違えません」
その言葉が、妙に重い。
実際――
紗耶はデジタルが壊滅的だ。
・メールのCCを「炭素コピー」だと思っている
・PDFを「印刷途中の状態」だと思っている
・クラウドを「空に浮いてるやつ」だと思っている
だが。
アナログになると、別人だ。
「このメモ帳、2018年から使ってます」
「予定は全部手帳に。色分けしてます」
「忘れそうなことは、必ず三回書きます」
「三回!?」
「忘れるのが……怖いので」
その瞬間、
誰も突っ込めなかった。
場の空気を変えたのは、
ビーチ隼人だった。
「……さゆりさん、いや紗耶さん、無理しなくていいですよ?」
紗耶は、ぴしっと背筋を伸ばす。
「無理ではありません。
ちゃんとしていれば、過去は――」
「はいストップ」
遥室長の声が入る。
「紗耶ちゃん。
“ちゃんとしてないと存在しちゃダメ”って顔してる」
紗耶、固まる。
「……そんなつもりは……」
「あるの。
駿河女の勘、舐めちゃいけないら」
沈黙。
しばらくして、紗耶は小さく笑った。
「……バレましたか」
「バレるよ。
真面目すぎて、逆に目立つもん」
その日の夕方。
蒼牙2000・改が静かに報告する。
「記録:蛯沢紗耶。
提出物正確性、ヒロイン上位3%。
精神状態:自己評価、著しく低い」
「AIに心読まれてる!」
美月が叫ぶ。
紗耶は照れたように言った。
「……過去のこと、知られたくなくて。
ちゃんとしてないと、また落ちる気がして」
麗奈が肩を叩く。
「真面目は武器だけど、
気を抜いてもいいんだよ」
紗耶は少し考えて、うなずいた。
「……じゃあ、次は
伝票、ホチキス留め一回にします」
「そこ!?」
こうして――
暗い過去を隠すために、
誰よりも真面目になりすぎる女は、
今日も静かに、正確に、ヒロ室を支えている。
なお、
伝票処理に関しては「紗耶基準」が新設され、
全ヒロインのハードルが地味に上がった。
被害者は多数。
紗耶は悪くない。




