一番後ろめたい相手には一番まともになる男 ――今日も元気にビーチ隼人
戦隊ヒロインプロジェクト推進室、通称ヒロ室。
その朝は、いつもより一段と空気がざわついていた。
「おはようございます、ビーチさん!」
元気よく挨拶したのは美月だった。
続けざまに彩香が追い打ちをかける。
「今日も潮風、強そうやねえ、ビーチ補佐官」
「……おはよう」
藤堂隼人補佐官は、もはや訂正する気力もなく、静かに会釈する。
この男、かつては百戦錬磨の調整屋。大臣相手でも一歩も引かない切れ者だったはずだが、今や完全に**“ビーチ”**である。
「おいビーチ、コーヒー飲むか?」
波田顧問まで混ざってくる始末だ。
「結構です……」
その瞬間だった。
「おはようございます」
少し低めで、落ち着いた声。
蛯沢紗耶がヒロ室に入ってきた途端、空気が変わった。
隼人補佐官の背筋が、スッと伸びる。
「おはよう、蛯沢さん。今日のスケジュールだが――」
声のトーンが違う。
姿勢が違う。
何より、一切ふざけない。
それを見たヒロインたちが、顔を見合わせた。
「……あれ?」
「……ビーチさん、普通やない?」
「なんで紗耶さんの前だけ、官僚に戻っとるん?」
美月が腕を組んで睨む。
「なあ彩香。ウチらの前では“ビーチさん”やのに、紗耶さんの前では“藤堂補佐官”やで」
「露骨すぎやろ。逆に気持ち悪いわ」
蒼牙2000・改が低い電子音声で告げる。
「分析結果:罪悪感は人を誠実にします」
「誰が罪悪感や!」
隼人補佐官が思わずツッコむが、誰も聞いていない。
一方の紗耶は、その様子を少し離れたところから見て、困ったように微笑んでいた。
「……あの、私、何か変ですか?」
「いやいや!」
真帆が即座に否定する。
「変なのはビーチさんです」
「真帆さん!」
「名前で呼ばないでください、ビーチさん」
完全包囲網である。
しかし、当の隼人補佐官は、紗耶に対してだけは終始淡々としていた。
業務連絡、確認事項、注意点――どれも丁寧で、距離感も完璧。
昼休憩のとき、紗耶がぽつりとつぶやく。
「藤堂さんって……思ってたより、ちゃんとしてますよね」
その一言で、周囲が凍った。
「ちゃんとしてる……?」
「ビーチが……?」
「……奇跡か?」
隼人補佐官は、胃のあたりを押さえた。
「……それは、誤解だ」
「でも、線をちゃんと引いてくれる人だなって」
紗耶はそう言って、視線を落とす。
「私は、過去のことで誤解されることが多いので。
変に踏み込まれないのは、正直……助かります」
その瞬間、隼人補佐官は完全に言葉を失った。
――ああ、だからか。
一番後ろめたい相手。
一番、誤解されたくない相手。
だからこそ、誰よりもまともに接してしまう。
「……ビーチさん、黙りましたね」
「黙ると余計に怪しい」
「やっぱりビーチやな」
好き放題言われる中、紗耶は少しだけ笑った。
「でも……ありがとうございます。ビーチさん」
「……今、なんて?」
「え?」
室内が静まり返る。
「今……“ビーチさん”って……」
「あ、すみません。みんなそう呼んでるから、つい」
つい。
その一言に、全員が顔を見合わせ、次の瞬間――
「つい!?」
「無意識で!?」
「これは公式呼称やな」
波田顧問が腹を抱えて笑った。
「決まりだな。隼人、お前はもう正式に“ビーチ”だ」
隼人補佐官は、天井を見上げた。
――俺は、何をしにこの組織に来たんだ。
だがその横で、紗耶は静かに前を向いていた。
過去に引きずられず、今を積み重ねるために。
そして今日も、
一番まともなビーチ隼人は、
誰よりも不憫に、誰よりも真剣に、ヒロ室で働いているのだった。




