全員一致でビーチ呼ばわり――苦労人ヒロインと補佐官の黒歴史
蛯沢紗耶の戦隊ヒロインプロジェクト参加は、
決定そのものよりも周辺の空気がやたらと騒がしかった。
原因はひとつ。
藤堂隼人補佐官である。
いや、正確に言えば——
**「ビーチ隼人」**である。
「おはようございます、ビーチさん」
朝のヒロ室フロント。
安岡真帆が、書類を差し出しながら一切の感情を込めずに言った。
「……おはようございます」
隼人は、もう訂正しなかった。
訂正しても無駄だと、悟っていた。
通りすがりの美月が、にやにやしながら言う。
「なぁビーチ補佐官、
今日も日焼け対策せんでええん?」
「……美月さん、君は静かに」
「ビーチさん、怒ったらあかんで。
海は広いんやからなぁ」
完全におもちゃである。
波田顧問に至っては、廊下ですれ違いざまに、
「おうビーチ。
川崎の潮はまだ引いてねえのか?」
と、肩を叩いていった。
誰一人、止めない。
極めつけは地下。
ドリームトラクター「蒼牙2000・改」の駐車スペースである。
「おはようございます、蒼牙2000・改」
隼人が声をかけると、
機械とは思えぬほど落ち着いた声が返ってきた。
「おはようございます、ビーチさん。
川崎通いは程々にしないと、
体調管理に支障が出ますよ」
「……」
隼人は、その場で天井を見上げた。
「……誰が教えた?」
「さぁ……
情報の出所は複数考えられますが、
主に人間関係の“緩み”でしょうか」
AIにまで説教される日が来るとは思っていなかった。
——そんな騒動の中心とは対照的に。
紗耶本人は、驚くほど静かに、そして着実に現場に溶け込んでいた。
戦闘訓練初日。
「え、紗耶さん動き、速くない?」
誰かが呟いた。
中学までバスケットボールをやっていたという彼女は、
長い手足を無駄なく使い、
重心移動も自然で、無理がない。
「元々、走るのは好きでした」
照れくさそうに笑う。
年下のヒロインが転びそうになると、
さっと手を差し伸べる。
「大丈夫?
焦らなくていいよ」
その声は、柔らかく、押しつけがましくない。
イベントリハーサルでも同じだった。
「人前、大丈夫?」
と聞かれて、紗耶は少し考えてから答えた。
「緊張はしますけど……
嫌いじゃないです」
ステージに立った彼女は、
決して派手ではないが、
北国出身らしい色白の肌と、
どこか寂しげな表情が、不思議な哀愁を漂わせていた。
「……今までにいないタイプね」
遥室長が、小さく呟く。
真帆も腕を組んだまま、頷いた。
「目立とうとしないのに、
目が行くタイプですね」
二人とも、当初の懐疑は影を潜めていた。
隼人補佐官——いや、ビーチ隼人も、
少し離れた場所から様子を見ていた。
「どう思いますか?」
真帆に聞かれて、彼は一瞬だけ言葉を選び、
「……現場に必要な人材だと思います」
とだけ答えた。
その言い方に、遥室長が一瞬だけ目を細める。
「ビーチさんにしては、
まともな評価なのら」
「……そろそろ、その呼び方を」
「当分無理なのら」
即答だった。
だが。
紗耶が年下ヒロイン達の相談に乗り、
静かに場をまとめ、
イベントを無事に終わらせた帰り道。
遥室長は、ぽつりと呟いた。
「……あの子、強いね」
真帆も小さく息をつく。
「ええ。
どん底を知ってる人の立ち方です」
その評価を聞いていた隼人補佐官は、
胸の奥で、ようやく少しだけ肩の力が抜けた。
——なお。
その日の夕方、廊下で再び蒼牙2000・改に呼び止められる。
「ビーチさん」
「……はい」
「彼女は、ここでちゃんと輝けそうですね」
「……ああ」
「では、余計な行動は慎んでください」
「……努力します」
その様子を見ていた美月が、ぼそり。
「なぁ、
戦隊ヒロインで一番立場弱いん、
ビーチ補佐官ちゃう?」
誰も否定しなかった。
こうして。
戦隊ヒロイン一の苦労人・蛯沢紗耶は、
静かに、確実に信頼を積み上げていき。
一方で、
藤堂隼人補佐官は、
全方面から“ビーチ”と呼ばれ続ける日々を
しばらく送ることになるのであった。
——人生、
波に乗る人もいれば、
波打ち際で正座させられる人もいる。
それが、戦隊ヒロインプロジェクトである。




