牛タンのあとに、人生が少し曲がった夜 ――国分町・出会い編――
その頃の藤堂隼人は、まだ「補佐官」でも「戦隊」でもなかった。
霞ヶ関の一角で書類と根回しに追われる、よくいる官僚の一人である。
仙台出張は、正直に言えば“ご褒美”だった。
打ち合わせは昼過ぎに終わり、夜は完全フリー。
駅前で牛タン定食を食べ、麦飯をおかわりし、テールスープに深くうなずいた時点で、隼人の脳内はすでに半分オフになっていた。
「……さて」
ホテルに直行するには、まだ早い。
かといって、真っ直ぐ帰るほど若くもない。
気がつけば彼の足は、東北一の歓楽街――国分町へ向いていた。
意思というより、慣性である。
無料案内所の中は明るく、妙に親切だった。
説明は簡潔、料金明瞭、強引さなし。
官僚的に言えば「制度設計が優秀」だった。
数分後、隼人はファッションヘルス店の個室で、所在なさげにソファへ腰を下ろしていた。
ドアが開く。
現れたのは、思っていた“国分町らしさ”とは違う女性だった。
手足が長く、驚くほど色白。
派手な化粧でもなく、声も静か。
源氏名は――さゆり。
「はじめまして。さゆりです」
それだけで、なぜか胸の奥が、すっと静かになった。
華やかさはない。
だが、整いすぎていない分、現実の温度があった。
隼人はその瞬間、
「あ、これは長引くな」
と、なぜか冷静に理解してしまった。
会話は取り留めもなかった。
仙台の話、雪の話、青森の話――
さゆりは自分のことを多く語らなかったが、聞き上手だった。
ただ一つ、時折見せる“間”があった。
笑顔の直前に、一拍だけ空く沈黙。
官僚の勘は、そういうものを見逃さない。
(この人、たぶん――)
と、そこまで考えて、隼人は思考を止めた。
勝手に踏み込むのは野暮だ。
別れ際、さゆりは深く頭を下げた。
「今日は、ありがとうございました」
その言い方が、あまりに“普通”で、
それが逆に、隼人の心に残った。
翌月の仙台出張。
隼人は迷わず、同じ店を指名した。
「さゆりさん、いますか」
店員が一瞬、にやりとしたのを、彼は見逃さなかった。
再会したさゆりは、前回と何一つ変わっていなかった。
いや、正確には――
“変わらないようにしている”ことが、少しだけ伝わってきた。
それが、なぜか可笑しかった。
三度目、四度目。
出張のたびに、隼人は国分町へ足を運んだ。
会話は増えたが、踏み込みすぎない。
距離は縮まるが、線は越えない。
二人の間にあったのは、
恋でも、仕事でもない、
妙に居心地のいい“中間地帯”だった。
ある夜、別れ際に、隼人はぽつりと言った。
「……無理、しすぎないでくださいね」
さゆりは一瞬だけ驚いた顔をして、
それから、少し困ったように笑った。
「……ありがとうございます」
その返事が、
“言われ慣れていない人のもの”だったことを、
隼人は見逃さなかった。
後に彼は、この出会いを振り返ってこう思う。
――あの夜は、人生が大きく変わったわけじゃない。
――ただ、ほんの少し、傾いただけだ。
だが、その“ほんの少し”が、
やがて戦隊ヒロインという、とんでもない場所へ繋がるとは、
この時の二人は、まだ知らない。
国分町の夜は、今日も普通に更けていった。
牛タンの匂いと、人の人生を、同じ速度で飲み込みながら。




