デジャヴは禁止です ――同時にミスる双子と、世界が一拍遅れる日――
ヒロ室のミーティングスペースは、その日も平和だった。
白いテーブル、ホワイトボード、紙コップのコーヒー。
戦隊ヒロインたちとスタッフが集まり、次のイベント進行の最終確認が行われていた。
迫田澄香と迫田澪香――通称「迫田ツインズ」は、いつも通り並んで座っている。
姿勢、角度、視線の高さまでほぼ一致。
すでにこの時点で何人かのスタッフは“見ないようにする”という防御策を取っていた。
「じゃあ、次は立ち位置の最終確認ね」
遥室長の声に、二人は同時に「はい」と返事をする。
音程も長さも同じ。
誰ももう突っ込まない。これは日常だ。
問題が起きたのは、その直後だった。
澄香が資料をめくろうとして、
澪香も同時に資料をめくろうとして――
二人とも、ページを一枚飛ばした。
カサッ。
音まで一緒。
そして次の瞬間。
二人とも、
・一瞬きょとん
・眉をほんの少し下げ
・口を「あっ」という形にして
・同時にページを一枚戻した
完全にシンクロ。
「……」
会議室が静まる。
美月がゆっくりと顔を上げる。
隣のヒロインも同じ動きをしたのを見て、そっと視線を逸らす。
「今の……」
「見た?」
「見たよね?」
スタッフ同士の小声が交錯する。
澄香と澪香は、何事もなかったかのように資料を読み続けている。
いや、正確には何事もなかったと思っている顔をしている。
だが、事件はそれで終わらなかった。
次に遥室長が質問を投げる。
「ここ、出演順の確認だけど……」
「はい」
また同時。
澄香が答えようとして、
澪香も答えようとして――
二人とも、同じ単語を一語だけ言い間違えた。
「二日目の――」
「二日目の――」
ぴたり。
「……三日目、です」
「……三日目、ですね」
訂正のタイミングまで同じ。
ここで、ついに誰かが耐えきれなくなった。
「デジャヴ!?」
誰の声だったかは分からない。
だが全員が同意した。
藤原詩織は、口を手で押さえたまま固まっている。
「えっ……今、同じ……?」
「えっ……今のも……?」
完全に処理が追いついていない。
美月はメモを取る手を止め、二人を交互に見た。
いや、交互に見ているつもりで、見分けがついていない。
「ちょ、ちょっと待って」
「ミスったよな?」
「今、二人ともミスったよな?」
澄香と澪香は顔を見合わせる。
「……した?」
「……したね?」
この会話すら、同じテンポ。
「ごめんなさい」
「すみません」
頭を下げる角度まで一致。
その瞬間、会議室の誰かが小さく呟いた。
「ミスまでコピーされるんかい……」
遥室長は一度深呼吸をしたあと、静かに言った。
「……いいです。内容的には大丈夫ですし」
フォローは完璧だった。
だが、問題は論理ではなく現象だった。
「同じタイミングで」
「同じ小さなミスをして」
「同じリアクションを取る」
誰も責められない。
誰も困っていない。
なのに、全員がじわじわ疲弊していく。
会議終了後。
廊下で美月がぼそっと言う。
「なあ……あれ、本人たち悪気ゼロやろ?」
「ゼロですね」
「むしろ善意100%や」
澄香と澪香は少し離れたところで談笑している。
「今日、ちょっとズレたよね」
「ね、珍しかった」
ズレたという認識が二人の中で共有されていることに、周囲は再びざわつく。
その日の議事録の末尾には、スタッフがこっそり書き足した一文があった。
※迫田ツインズのミスは
個別事象ではなく、現象として扱うこと
誰も反対しなかった。
そして迫田ツインズは今日も、
誰も傷つけず、
誰にも迷惑をかけず、
ただ完璧な同時性で、
世界を一拍だけ遅らせていくのだった。




