名前を呼んだのに、本人が返事をしない ――迫田ツインズ・最も静かな混乱
それは、新橋ヒロ室・地下駐車場で起きた。
コンクリートの壁に反響する足音、
エンジン音、
そして、場違いなほど丁寧な声。
「おはようございます。
本日の気温はやや高めです。
水分補給を忘れないでください」
蒼牙2000・改が、
いつも通り几帳面に注意喚起をしていた。
その横で、
迫田澄香と迫田澪香が並んで立っている。
オレンジのシュシュ。
スカイブルーのシュシュ。
――完璧。
今日の二人は、
「呼ばれた方が返事をしない」
という、極めて地味な作戦を選んでいた。
最初の犠牲者は、
ヒロ室スタッフだった。
「じゃあ次、
澄香さん、こちらへお願いします!」
……。
返事がない。
澄香は、
普通に立っている。
微笑みも、姿勢も、完璧。
「……あれ?」
スタッフが首をかしげる。
すると、
横にいた澪香が、
「はい」
と一歩前に出る。
スタッフ、
一瞬フリーズ。
「……あ、澪香さん、でしたっけ?」
澪香、にこやかに首を振る。
「いいえ」
スタッフの脳内に、
静かなエラー音が鳴る。
少し離れた場所で、
蒼牙2000・改が状況を分析していた。
「……興味深いですね。
名前と反応主体が一致していません」
だが、
まだこの時点では誰も深刻に考えていなかった。
次。
隼人補佐官が声を張る。
「澪香さん、
次の説明入ります!」
……。
返事、なし。
澪香、
普通に立っている。
微動だにしない。
「……?」
その瞬間、
澄香が自然な動きで答える。
「はい」
隼人補佐官、
一歩進んでから止まる。
「……今、
澄香さん……?」
澄香、穏やかに首をかしげる。
「澪香です」
隼人補佐官、
何も言えなくなる。
地下駐車場の空気が、
少しずつおかしくなってきた。
呼ばれた人が反応しない。
呼ばれていない人が返事をする。
しかも、
声も表情も自然すぎる。
決定打は、
蒼牙2000・改だった。
「確認します。
現在、呼称『澄香』に対し、
返答したのは澪香さん。
呼称『澪香』に対し、
返答したのは澄香さん。
これは――」
蒼牙2000・改、
一拍置いて続ける。
「意図的な役割反転行動と判断できます」
澄香と澪香、
同時に首を振る。
「違いますよ?」
「自然体です」
同時。
周囲のヒロインたちが、
ざわつき始める。
「え、今どっち?」
「呼ばれたの誰?」
「私の聞き間違い?」
藤原詩織は、
台本を胸に抱えたまま固まっていた。
「……えっと……
私、今、
誰に話しかけてます……?」
二人、
揃って優しく答える。
「私です」
この時、
蒼牙2000・改が静かに宣言した。
「これは、
心理的負荷が非常に高いタイプのいたずらです」
誰も、
それを否定できなかった。
最終的に、
真帆が限界を迎えた。
「ちょっと待って!
名前呼ばれた方が返事して!」
すると、
二人は同時に一歩下がり、
同時に言った。
「どっちですか?」
真帆、
その場にしゃがみ込む。
いたずらは、
そこで終了した。
澄香が言う。
「ごめんなさい、
地味すぎました?」
澪香が続ける。
「でも、
効きますよね?」
蒼牙2000・改が、
ゆっくり結論を述べた。
「はい。
音もなく、確実に混乱を生む。
極めて完成度の高いいたずらです」
二人、
満足そうに頷いた。
その日以降、
ヒロ室には新しいルールができた。
「迫田ツインズを呼ぶときは、
名前+肩を軽く叩くこと」
それでも、
二人はたまに肩を入れ替える。
……もちろん、
蒼牙2000・改だけは、
最初から最後まで、
すべて分かっていた。
だが、
何も言わなかった。
「静観もまた、
知性の選択ですから」
そう言って、
地下駐車場にエンジン音が響いた。




