方言は切り替え式です ――迫田ツインズ、宮崎弁スイッチ全面反転事件
新橋のヒロ室では、誰も知らないうちに、
静かで、そして確実な“異変”が進行していた。
発端は、迫田澄香と迫田澪香が、
控室で顔を突き合わせていた、ほんの数秒の会話だった。
「ねぇ」
「なに?」
「今日はさ……」
「うん」
「逆、いこっか」
それだけだった。
迫田ツインズは、普段から役割がなんとなく決まっている。
澄香――
標準語多め。
イベントや会見では落ち着いた進行役。
たまに宮崎弁が混じると「ギャップが可愛い」と言われるタイプ。
澪香――
宮崎弁強め。
場の空気を和ませるムードメーカー。
方言全開で笑いを取る担当。
この微妙なバランスが、
ツインズの“分かりやすい見分け方”でもあった。
……少なくとも、人間にとっては。
午前のイベント打ち合わせ。
最初に口を開いたのは、澄香だった。
「本日の進行ですが、音響確認は10時半、
その後に導線チェックを行います」
あまりにも完璧な標準語。
スタッフは誰も違和感を持たなかった。
一方、澪香は資料をめくりながら、
ぽつりと一言。
「ほんなら、雨降った時はこっちば通せばよかっちゃが」
……ん?
スタッフが一瞬、顔を上げる。
(今日の澪香さん、いつもより……?)
だが、内容は正しい。
そして自然すぎる。
誰も指摘できなかった。
事件が“事件”として認識され始めたのは、
昼前のリハーサルだった。
MC練習でマイクを持った“澄香”が、
突然こう言った。
「今日は来てくれてありがとね〜!
暑かけん、水分ちゃんと取らんといかんよ〜!」
ドギツイ諸県弁。
会場が一瞬、凍る。
詩織が小さく声を上げた。
「……えっ?」
続けてマイクを受け取った“澪香”。
「それでは次のコーナーに移ります。
安全確保のため、足元には十分ご注意ください」
アナウンサー級の標準語。
ヒロインたちが、ゆっくり振り向く。
美月が口を開く。
「……ちょ、待って。
今日、世界線ズレてへん?」
楽屋は、静かな混乱に包まれた。
「え、今のどっち?」
「いや、今のは澪香さん……?」
「いや違う、今の言い回しは澄香さん……」
本人たちは、
何事もなかったかのように水を飲んでいる。
澪香(標準語)
「どうしました?」
澄香(諸県弁)
「なんかおかしかっちゃが?」
その表情・仕草・間が完全一致。
見分け不能。
隼人補佐官が、額に手を当てる。
「……方言、逆転してないか?」
二人は同時に首をかしげる。
「そうですか?」
「気のせいやろ〜?」
完全に息が合っている。
実は二人とも、
標準語も、ドギツイ諸県弁も、
MCが務まるレベルで完璧だった。
だからこそ、
切り替えられると誰も太刀打ちできない。
そのとき。
控室の隅で、
いつも通り静かに佇んでいた存在が、淡々と告げる。
蒼牙2000・改。
「補足します。
本日08時03分以降、
迫田澄香さんは宮崎弁使用率92%。
迫田澪香さんは標準語使用率89%。
意図的なスイッチ反転と判断します」
全員が一斉に振り向いた。
「やっぱり分かってたんかい!」
「トラクターだけ正解!」
澄香と澪香は顔を見合わせ、笑った。
「バレたね」
「でも、誰も困ってないでしょ?」
蒼牙2000・改は、少しだけ間を置いて答える。
「はい。
業務精度は通常より向上しています。
ただし――」
二人が身を乗り出す。
「人間の脳内負荷は、
平均で1.7倍に増加しています」
美月が即ツッコむ。
「それが一番アカンやつや!」
結局、その日は
「疲れるから元に戻して」
という、極めて人間的な理由で作戦終了となった。
だが、去り際に澄香が小さく言った。
「ね、またやろうね」
「次はイントネーション微調整で」
蒼牙2000・改は、誰にも聞こえない音量で記録する。
(備考:
迫田ツインズは、
言語すら武器にするタイプ)
そしてヒロ室には、
今日もひとつだけ確かな教訓が残った。
――見分け方を決めたくらいで、
この双子を制御できると思うな。




