全力で走ったら、数式が息切れした件 ――週末ヒロイン中村玲、理屈に追いつかれる――
青海のアイドルフェスタが終わった翌週。
中村玲は、長野県諏訪市にある諏訪精巧機電研究所の自席で、魂の抜けた顔をしていた。
イベントは成功だった。
コールはもらえた。
拍手もあった。
唯奈には「今日はちゃんとヒロインだったっぺよ」と言われた。
だが——
机の上にあるのは、いつもの設計図だった。
振動制御。
重量配分。
冷却効率。
そして赤字で書かれた《未解決》。
「……で?」
背後から、上司の声が落ちてきた。
「イベントは楽しかった? それで、この設計に何が活きるの?」
ぐうの音も出ない。
玲は椅子ごと小さく回転し、天井を見上げた。
「全力でやったら、何か分かる気がしたんですけど……
それが、何かは……」
「つまり、“気持ち”だね」
上司は優しく、そして冷酷だった。
「技術は気持ちじゃ動かないよ」
その夜。
常陸太田市の畑では、唯奈が蒼牙2000・改と並んで耕運機を眺めていた。
「蒼牙ぁ、玲さん、元気なさそうだったな」
《解析結果:精神的CPU使用率が高い状態と推測されます》
「むずかしい言い方すんな。
要は、頭と体がズレてんだっぺ」
《同意します。人間はよくズレます》
数日後。
諏訪精巧機電研究所主催の技術デモ兼・地域向け説明会が開かれた。
客席には地元企業、自治体職員、学生。
なぜか最前列に、美月・綾乃・麗奈が腕組みで鎮座している。
「圧、強ない?」
「圧やね」
「玲、がんばれ〜」
説明役は——中村玲。
スライドは完璧。
数式も正確。
だが、客席は無音だった。
そのとき。
「ちょっといいか?」
唯奈が手を挙げた。
「それって要するに、
“現場で無理させっと壊れる”って話だっぺ?」
会場がざわつく。
玲は一瞬止まり——
そして、笑った。
「あ、はい。
……そうです。まさに、それです」
スライドを閉じ、玲は言葉を変えた。
「机の上では問題なかったんです。
でも、現場では違和感が出た。
それは、私が“使われ方”を知らなかったからです」
美月が小声で言う。
「お、言葉が人間になってきたやん」
「全力でやってみて、初めて分かりました。
理屈は、あとから追いついていいんだって」
空気が変わった。
質問が飛ぶ。
学生の目が輝く。
説明会が終わったあと、上司は一言だけ言った。
「……現場に出た技術者は、もう戻れないな」
夜。
自販機の前で、唯奈と玲が並ぶ。
玲「被験者……いや、唯奈さん」
唯奈「今、言ったっぺ」
玲「今回は、言いました」
「正直でいい。
理屈はな、全力の後ろから歩いてくるもんだっぺ」
《結論》
蒼牙2000・改が静かに告げる。
《週末ヒロイン活動は、技術者を進化させます》
玲は、少しだけ胸を張った。
——週末ヒロイン中村玲。
全力の先で、ようやく理屈に追いつかれる。




