全力は嘘をつかない――青海で起きた“週末ヒロイン現象”
東京臨海部・青海。
青梅ではない。山もない。猿もいない。
代わりにあるのは、海、風、広い空、そして巨大な特設ステージだ。
この日開催されていたのは、
全国からアイドル、地下アイドル、期間限定ユニット、よく分からないコンセプト勢までが集結する
大型アイドルフェスタ。
ステージ袖で、ヘルメットを小脇に抱えた一人の女性が、静かに深呼吸していた。
中村玲。
諏訪精巧機電研究所所属。
平日は研究員、週末は戦隊ヒロイン。
肩書きだけ見ると格好いいが、実態は——
「……私、ここにいていいんでしょうか」
玲は、ステージを見渡して小さく呟いた。
隣では山口唯奈が、いつもの野良仕事用キャップ姿で腕を組んでいる。
「何言ってんだっぺ。
ここまで来たら、もう逃げ場ねぇべ」
「被験者……いや、唯奈さん」
「今、被験者って言ったっぺ?」
「言ってません」
「言った」
「言ってません!」
「言ったっぺ!」
このやり取りは、すでに開幕前の儀式になっていた。
ステージでは、すでに他のアイドルたちがリハーサルを始めている。
息の合ったフォーメーション、完璧な笑顔、客席を煽る声。
玲は思わず目を逸らした。
「……みんな、完成してますね」
唯奈は鼻で笑った。
「完成してるやつばっかなら、
オラたちの出番なんて最初からねぇっぺ」
玲はその言葉の意味が、まだ分からなかった。
本番が始まった。
最初に登場したのは、
都会的で洗練されたグループ、
続いて地方発の元気系ユニット、
さらに王道キラキラ路線。
観客のボルテージは順調に上がっていく。
そして、MCが声を張り上げた。
「続いて登場するのは——
戦隊ヒロインプロジェクトより!
週末ヒロイン・中村玲!」
拍手は、正直に言えば控えめだった。
玲は、ステージに出た瞬間、足が一瞬止まった。
風が強い。
空が広い。
観客の顔が、思った以上に近い。
「……っ」
頭が真っ白になる。
振り付けを一つ、忘れた。
立ち位置が半拍遅れた。
声も、少し裏返った。
——完璧じゃない。
——むしろ、かなり危なっかしい。
客席の一部が、ざわつく。
その瞬間だった。
玲は、逃げなかった。
腕を大きく振り、
息が切れても、声を出し続けた。
「私は……
平日は研究所で、新兵器を作っています!」
どよめき。
「でも!
机の上だけじゃ、分からないことがあるって、
ここに来て、初めて分かりました!」
振り付けはズレている。
でも、目線は逸らさない。
「失敗も、雨も、移動も、トラブルも!
全部込みで——
それでも立つのが、週末ヒロインだって!」
その言葉に、
客席の空気が変わった。
誰かが手拍子を始める。
それが連鎖する。
玲は、気づいた。
——あ、これだ。
完璧じゃなくていい。
全力なら、それでいい。
ステージ袖で、唯奈が拳を握る。
「……やっと分かったか、玲」
MCが叫ぶ。
「青海、どうですかー!」
拍手が、一番大きくなった。
ステージを降りた玲は、膝に手をついて息を整えた。
「……全然、ダメでした」
唯奈が即答する。
「嘘つくんじゃねぇっぺ」
「え?」
「ダメなら、あんな拍手、来ねぇ」
玲は、ぽかんとした。
「全力はな、嘘つかねぇんだ」
その時、玲は小さく笑った。
「……被験者……」
「言ったっぺ」
「言ってません」
「言った!」
二人のやり取りに、
なぜか周囲のスタッフまで笑い出す。
青海の空は、まだ明るかった。
完璧じゃない。
でも、全力だった。
それだけで、
週末ヒロインとしては——
十分すぎるほどだった。




