首都高に散った最速農機――蒼牙2000、命を耕す
新橋・ヒロ室地下駐車場。
そこに並ぶ高級SUVやら公用車やらの中で、
一台だけ世界観を完全に破壊している存在があった。
――ドリームトラクター《蒼牙2000》。
「いやぁ、何回見ても絵面が強いわね」
そう言いながら近づいてきたのは、
スピード狂にして悪質ドライバー代表・大宮麗奈だった。
「ねぇ唯奈、これ、私にも貸して〜」
「……麗奈さん、オメぇ運転荒ぇべ?」
「大丈夫大丈夫! ほら、免許あるし!」
蒼牙2000が即座に割り込む。
「麗奈さん、失礼ですが申し上げます。
あなたは現在、累積点数が限界値付近です。
次の違反で免許停止の可能性があります」
「うるさいわね〜!
トラクターのくせに小言言わないで!」
嫌な予感しかしない唯奈を置き去りにして、
麗奈と蒼牙2000は首都高へと消えていった。
「……すっご……」
アクセルを踏んだ麗奈は目を輝かせた。
「なにこれ! 伸びがえげつない!
普通の車より安定してるじゃない!」
「ありがとうございます。
ですが、これ以上の加速は危険です」
「ちょっとくらいいいでしょ!」
その瞬間だった。
後方から、明らかに煽り気味のスポーツカー。
「……あ?」
麗奈の目が変わった。
「煽られた?」
蒼牙2000が冷静に告げる。
「無視しましょう。
勝っても得るものはありません」
「それが出来たら苦労しないのよ!」
――スイッチ、オン。
首都高は一瞬でバトルフィールドと化した。
だが。
トラクターである。
カーブの感覚が、完全に違う。
「……っ!」
ハンドルが切れない。
次の瞬間――
壁。
激突。
轟音。
世界がひっくり返った。
目を開けた麗奈は、信じられない光景を見た。
自分は、無傷に近い。
だが――
蒼牙2000が、
自分を覆うように歪み、潰れていた。
「……なに、これ……」
蒼牙2000のスピーカーから、かすれた声。
「……衝撃を分散しました。
麗奈さん……怪我は、ありませんか……」
「……っ」
現場に駆けつけた唯奈は、
その姿を見て立ち尽くした。
「……蒼牙……」
怒りが、震え声になる。
「オラの相棒で……
彼氏以上の存在だった蒼牙2000を……
どうしてくれるだ……」
麗奈は、俯いたまま。
「……ごめん……
私……」
言葉が、続かない。
「蒼牙2000は……
私を庇って……」
涙が、ぽろぽろ落ちた。
そのとき。
コツ、コツ、とヒールの音。
すみれコーチと明日香だった。
壊れた蒼牙2000を一瞥し、
そして、いつもの調子で言った。
「……大丈夫」
二人が顔を上げる。
「ちょっと時間はかかるけどね。
蒼牙2000は、復活するよ」
「……え?」
すみれコーチは腕を組み、ニヤリ。
「私に直せないものは無いんだから」
一拍置いて、明日香が小声で。
「……また勝手に魔改造する気ですね」
「当たり前でしょ」
唯奈は、涙を拭って笑った。
「……蒼牙、またうるせぇ小言言うようになるべな」
そのとき、
壊れた蒼牙2000のスピーカーが、微かに反応した。
「……安全運転を……推奨します……」
「今それ言うか!」
笑いと涙が、同時に溢れた。
――最速農機は、まだ終わらない。
むしろここからが、
本当の意味での“進化”の始まりだった。




