唯奈大迷惑⑩ 透視は岡崎にあった――結論、オラが一番現実的
浜松での一件以来、研究チームの空気は妙に前向きだった。
結果はどう考えても「失敗」だったのに、なぜか誰一人として落ち込んでいない。
「……岡崎なら、出ます」
そう断言したのは、巫女兼エンジニアの稲生明日香だった。
浜松での“透視禁止令”など、彼女のスピリチュアル魂には一切影響していない。
「根拠は?」と中村玲が聞くと、
「勘です」と即答。
それ以上でも以下でもない。
その頃――
茨城県常陸太田市の山奥では、唯奈が上機嫌でトラクターを転がしていた。
「今日はエンジンのノリもええし、畑が素直だっぺ」
野良着姿でハンドルを握る唯奈は、誰がどう見ても“平和の象徴”だった。
その背後に、低くて無駄に安定感のある車が音もなく近づく。
――すみれコーチだ。
「唯奈、行くよ」
「……また浜松?」
「もう少し先」
「……まさか」
「岡崎」
唯奈はトラクターのエンジンを切り、空を見上げた。
「オラ、何か悪いことしたか?」
岡崎市。
徳川家康の生誕地として知られ、八丁味噌の濃さと工業都市としての顔を併せ持つ町。
歴史と産業が同居する、いかにも“理屈が通りそう”な場所だ。
その市内の、どこにでもありそうな地元スーパーで、
明日香と中村玲はすでに待っていた。
「被験者……いや、唯奈さん。今回もよろしくお願いします」
「今『被験者』言ったっぺ!」
「言ってません」
「言った!」
「言ってません!」
「言った!!」
押し問答をよそに、明日香は売り場を指差した。
「今日こそは、必ず見つけてください。
Gマーク・22番。ベテラン・イケメン捕手」
「任せてくれっぺよ」
なぜか唯奈は、今回はやる気だった。
浜松で散々やらされたおかげで、謎の職人意識が芽生えている。
棚の前に立ち、試作品6号を起動。
「……青いDの……」
「不要!」
明日香が祓うように棚に戻す。ここはもう様式美だ。
「番号は?」
「不要です」
「……赤いEの、1番……」
「すみれコーチ、大学の後輩ですよ?」
「要らない~」
あまりにも雑な選別に、唯奈がツッコむ。
「ちょっと待てっぺ。基準が感情論すぎるだろ」
「感情ではありません。信仰です」
なお悪い。
そんなこんなで、棚の前を何往復しただろうか。
唯奈が、ふと立ち止まった。
「……これだ」
「見えたんですか?」と玲。
「Gの……22。番号、くっきり」
明日香の目が見開かれ、
次の瞬間、袋を引ったくるようにカゴへ。
「ありました!!」
レジを通し、袋を開けた瞬間――
そこには、Gマーク・22番のベテラン捕手。
「コバヤシさぁ~ん♡」
明日香はその場で昇天した。
握りしめたカードを胸に、完全に会話不能。
すみれコーチと玲は顔を見合わせ、深く安堵の息を吐く。
「……成功だね」
「成功ですね」
その横で、唯奈が首をかしげた。
「なぁ」
「何?」
「この透視機能って、結局なにに使うんだ?」
一瞬の沈黙。
「……索敵、とか?」すみれコーチが歯切れ悪く言う。
「無理だっぺ」
「え?」
「透視できる範囲が狭すぎる。棚一段分じゃ戦場じゃ役に立たねぇ。
もっと広げねぇと、実用にならん」
開発チームは我に返った。
玲はメモを取り始め、すみれコーチは腕を組む。
「……確かに」
一方で、明日香だけはカードを頬ずりしながら、完全勝利の笑み。
「今日は大成果です……」
唯奈はため息をついた。
「結局、オラが一番現実見てねぇか?」
誰も否定できなかった。
岡崎の空は穏やかで、
プロ野球チップスの棚には、何事もなかったかのように袋が並んでいた。
――透視は成功。
――目的は不明。
――被害者はいつも通り。
唯奈は帰りの車でぼそっと言った。
「次はどこだっぺ……」
すみれコーチは、何も答えなかった。




