唯奈大迷惑⑨ 透視禁止の浜松――袋の中は見ちゃダメだっぺ!
唯奈は、助手席でシートベルトを握りしめていた。
背中が、もう「嫌な予感」に汗をかいている。
ハンドルを握るすみれコーチの運転は、相変わらず“丁寧さ”という概念をどこかに置き忘れている。水平対向っぽい音が「ボボボ…」と腹に響いて、車体は低く、落ち着きなく、妙に安定しているのがなお怖い。
「……どごまで行ぐ気だっぺ? まさが、また太田の工場じゃねぇよな?」
「浜松。」
「はぁ!? はままつ!? なんで!?」
すみれコーチは前を見たまま、いつもの“説明しない顔”で言った。
「実戦環境の検証。」
「実戦環境って何だっぺよ! 東名で実戦すんなぁ!」
車は東名高速を西へ、西へ。
サービスエリアの「静岡おでん」の文字が流れた瞬間、唯奈は悟った。これはただの遠足じゃない。逃げ場のない実験だ。
やがて到着したのは、静岡県浜松市。
遠州の風が吹く、やたらと広い街だ。楽器の街。工業の街。カワイやらスズキやら、世界に鳴り物とエンジン音を輸出してるタイプの都市。名物は餃子、うなぎ、三ヶ日みかん、そして大凧――なぜかデカいものが好きな気配がある。
そしてその中心に、巨大なショッピングモールが鎮座していた。“なんでも揃う”感が暴力的なやつだ。
「……ここで何すんだっぺ」
「人類学史上類をみない壮大な実験。」
「言い方だけデケぇんだよ!!」
すみれコーチが言った瞬間、後ろから不気味に明るい声がした。
「唯奈さん、お待ちしていました」
振り向くと、稲生明日香がいた。巫女兼エンジニア。笑顔なのに、どこか神棚の圧がある。横には諏訪精巧機電研究所の中村玲もいる。真面目な顔で、すでに“測定する人の目”だ。
「今回は……ついに、透視スキル実装の最終検証です」
「や、やめろっぺ。オラの人生、最近“最終検証”多すぎんだよ」
「ご安心ください。試作品6号は、理論上――」
「理論上は毎回大丈夫だっぺな!」
玲が口を開きかけた。
「被験者――」
「今『被験者』言ったっぺ?」
「いえ……言ってません」
言い切る目が真面目すぎて、逆に怖い。
明日香は、売り場の一角へ唯奈を連れていく。
そこには大量の袋菓子が並んでいた。プロ野球チップス。
おまけのカードが付いてくる、あれだ。
「このモールでは昔、『プロ野球チップス切り裂き事件』が発生したことがあるそうです」
「はぁ!? 何それ、こえぇ話すんな!」
「だからこそ……ここで“切らずに中身を知る”ことには、歴史的意義があります」
「意義とか言えば許されると思うなっぺ!」
明日香が、掌を合わせた。
「おまけの中身が知りたい」
「神頼みの方向性おかしいだろ!!」
そして唯奈の背中に、試作品6号が装着された。
軽い……軽いが、軽いほど怖い。こういうのは大体、突然暴れる。
「任務です」
「任務ぅ?」
「この売り場から――球界の盟主を自称する在京球団の、ベテラン・イケメン捕手のカードを、透視で当ててください」
「……プロ野球、オラまったく知らねぇっぺ」
「大丈夫です。マークが見えます」
「それしか頼りねぇじゃねぇか!」
唯奈は棚の前に立ち、袋を手に取った。
明日香が顔を近づける。
「何が見えます?」
「……青い……Dのマークが……」
「要らない!」
明日香は即座に棚に戻した。速い。祓うみたいに戻す。
「次。何が見えます?」
「……Mのマークで……1番が……」
「キョウタ!」
明日香の声が跳ねた。
「これは美月さんにあげましょう。はい、カゴ!」
「え、今の誰だっぺ!?」
唯奈は混乱しながら次の袋を握る。
「……Tのマークの……8番……」
「サトテルは彩香さん!」
明日香は勝手に断定し、カゴへ。
「……黄色でHの……5番……」
その瞬間だった。明日香の目がスッと冷えた。
「汚らわしい」
「ひでぇ!」
明日香は祓うように棚へ戻した。まるで邪気払い。
唯奈は心の中で叫んだ。
なんでカードでここまで宗教戦争みたいになってんだっぺ!?
袋を取っては覗き、取っては戻し、取っては“要らない”を食らう。
唯奈の透視作業は、完全に「選別係」だった。
「……Gの……22……」
「……出ませんね」玲が真顔で言った。
「出ねぇじゃねぇ! そもそもGの22が誰だっぺよ!」
「ベテラン・イケメン捕手です」
「情報が薄い!」
やがて唯奈の動きがモール内で目立ち始めた。
袋を手に取っては凝視し、何も買わずに棚へ戻す。
買うのはたまに、謎に確定された袋だけ。
明日香の“祓い戻し”がついてくる。
ついに警備員が近づいてきた。
「お客様、少々よろしいでしょうか」
笑顔なのに圧が強い。プロだ。
「えっ、オラ、なんも悪いことしてねぇっぺ!」
「では、何をされているのですか?」
「えーっと……透視です」
唯奈は正直に言ってしまった。
警備員の笑顔が、一段階だけ真顔に近づいた。
「……透視?」
「この人が急にやれって……」
唯奈は明日香を指差す。
明日香は涼しい顔で一礼。
「倫理的に、切り裂きはいたしません」
「そこじゃねぇ!」
結局、モール側で謎のルールが生まれた。
“おまけの中身を知りたくても透視は禁止”
どこにも書いてないのに、なぜか即日発効。
玲が小声で言った。
「……世の中には、知らないほうが幸せなこともあります」
「今それ言う!?」
結局、Gの22は出なかった。
明日香は肩を落としたが、次の瞬間、顔を上げて言った。
「今日の収穫は“祓い”の最適化です」
「収穫って言うな! こっちはイモの選別の途中で拉致られた気分だっぺ!」
すみれコーチが腕を組む。
「データは取れた。帰ろう。」
「帰ろうじゃねぇ! オラの平穏返せっぺ!」
駐車場へ向かう道すがら、唯奈は最後に棚を振り返った。
静かに並ぶプロ野球チップス。
その奥に、見えないルールの看板が立った気がした。
――透視禁止。袋の中は、夢のままに。
車に乗せられながら唯奈は呟いた。
「……ダメだこりゃ……じゃねぇ。コロすきかぁ~!」
すみれコーチは当然のようにアクセルを踏んだ。
水平対向っぽい音が再び腹に響く。
「はいはい、次はもっと安全にやるから」
「それ毎回言ってっぺ!!」
浜松の風は、やけに爽やかだった。
この日、モールには新たな伝説が増えた。
――切り裂かれなかった。
だが、唯奈の心が少し切り裂かれた。




