唯奈大迷惑⑧ 透視の目的は世界平和じゃない――おまけの中身が知りたいだけ
諏訪精巧機電研究所の会議室に、
これまでにない静かな熱気が満ちていた。
爆発は起きない。
勝手に踊る頻度も減った。
装着感も良好。
――だが、開発チームは満足していなかった。
「最後のピースが足りません」
そう言って立ち上がったのが、
豊川市の巫女兼エンジニア・稲生明日香である。
白衣の下に巫女装束、
なぜか腰には工具袋。
「透視です」
「……またその話?」
すみれコーチは嫌な予感しかしなかった。
「はい。
視えれば、全て解決します」
「何が?」
明日香は、少しだけ間を置いてから、
実に澄んだ声で言った。
「プロ野球チップスのおまけの中身が」
会議室が、完全に止まった。
中村玲が、恐る恐る聞く。
「……それは、研究目的ですか?」
「はい。極めて個人的な」
明日香は真顔だった。
稲生明日香が透視に異常な執念を燃やす理由。
それは――
プロ野球チップスのおまけカード。
しかも、
某在京球団――
球界の盟主と呼ばれる、あのチーム。
「私はそのチーム以外、興味がありません」
「潔いな……」
「豊川から浜松まで行ったこともあります」
「わざわざ?」
「はい。
ですが、外れました」
その言葉には、
長年の悔しさがにじんでいた。
「欲しいカードが入っているか分からない袋を買う。
これは運任せ。
巫女として、技術者として――許せません」
「許せないんだ……」
「おまけの中身が知りたい」
これが、
透視スキル実装の原動力だった。
こうして開発チームは、
人類史上もっともどうでもいい動機で、
透視機能の研究を本格化させた。
振動解析、
霊的波長測定、
カード厚みの微差検知――
「これは工学です」
「これは信仰です」
「これは執念ですね」
技術者たちは妙に真剣だった。
そしてついに――
透視スキル搭載・試作品6号機が完成する。
装置を前に、
明日香は不気味なほど穏やかな笑みを浮かべた。
「……視えます」
「何が?」
「袋の中身」
「やめてくれその言い方」
一方その頃。
茨城県常陸太田市。
唯奈は平和そのものだった。
「今日は何も起きねぇなぁ」
畑でジャガイモを掘り、
空を見上げる。
「これが普通の人生ってやつか……」
そこへ――
低く唸るエンジン音。
砂利道を跳ねる四輪駆動。
青いボディ、
ボンネットのエアインテーク。
「……あ」
唯奈は、鍬を落とした。
「……来たっぺ」
すみれコーチの車が止まる。
助手席には、
白衣姿で静かに微笑む明日香。
「こんにちは、唯奈さん」
「その顔はロクな用じゃねぇっぺ!!」
「今日は踊りません。
たぶん」
「たぶん言うなっぺ!!」
明日香は、装置をそっと取り出した。
「今回は爆発しません」
「それ前も聞いたっぺ」
「今回は透視できます」
「何を?」
「未来を」
「やめろっぺ!!」
畑に、再び不穏な空気が流れる。
唯奈は空を仰いだ。
「オラ、ただ畑やりてぇだけなんだけどなぁ……」
すみれコーチは、にこやかに言った。
「ちょっと試すだけだから」
「その“ちょっと”で
オラの人生何回爆発してると思ってんだっぺ!!」
明日香は小さく頷いた。
「でも、大丈夫です」
「何がだっぺ」
「今回は――
カードも当たります」
「……それ関係ねぇっぺよ!!」
こうして、
透視スキルという
まったく別方向に進化したヘンテコ兵器と共に、
唯奈の平穏な日常は、
またしても静かに終了した。
次に何が起きるのか。
それは――
明日香だけが、もう視えていた。




