空では英雄、地上では鉄仮面 ――ヘリの女神はマイクが怖い――
戦闘任務における若林あおいは、ほぼ無敵だった。
「高度三百、風向き北西。
降下ポイント確認。投入します」
ヘリの操縦桿を握る姿は冷静沈着。
空からの支援、輸送、索敵、回収。
前線のヒロインたちは、無意識にこう思っている。
――あおいさんが上にいるなら、大丈夫。
規律を重んじ、仲間想い。
年長者でありながら偉ぶらず、指示は的確、判断は迅速。
宝塚歌劇の男役のような中立的で凜とした風貌も相まって、
密かに憧れているヒロインは少なくなかった。
ところが。
「……えー、本日は……」
イベントステージに立った瞬間、
その空の女神は別人になる。
背筋はピンと伸びている。
表情は崩れない。
声は低く、無駄がない。
――が。
「……以上であります」
客席、微妙な沈黙。
MCの西里香澄が、すぐにマイクを拾う。
「はーい!
皆さーん、今の、航空自衛隊式のご挨拶でした~!」
ドッと笑いが起きる。
あおいは内心で頭を抱えた。
(……戦闘より、緊張する)
イベントステージ。
それは、彼女にとって最難関任務だった。
質問を振られても、
「はい。
その件につきましては……」
と、なぜか報告書口調。
「好きな食べ物は?」
「……炭水化物全般です」
「休みの日は何を?」
「……体力回復に努めています」
鉄仮面、健在。
「これはアカンわ」
楽屋で誰かが小声で言った。
そこへ現れたのが、
熊本の秘密兵器――西里香澄である。
元・バスガイド。
マイクを持たせたら無双。
空気を読む速度が異常に速い。
「若林さん」
香澄はにっこり笑った。
「ステージは、戦場と違って“間”が命です」
「……努力します」
「努力はいりません。
今日は遊びます」
そのまま本番。
香澄は、満面の笑みで言った。
「それでは~
若林あおいさんに、加賀弁で一言お願いしまーす!」
あおいの脳内が真っ白になる。
(か、加賀弁……?
……父の実家の方言……)
「……え、えっと……」
会場、ざわつく。
「……き、今日は……
来てくれて、ありがと……なんやけど……」
どっと笑いが起きた。
「えーっと……
ほ、ほんなら……
気ぃつけて、帰らんなん……」
完全に迷子。
香澄がすかさずフォローする。
「皆さん!
今の、限界まで頑張った加賀弁です!」
爆笑。
あおいは赤面しながら、苦笑いする。
「……イベントステージは……
任務よりも、緊張します」
その正直な一言に、
会場はまた温かい笑いに包まれた。
楽屋に戻ると、
スマホが震えた。
――父からの着信。
「若林あおい」
軍人口調。
「本日のイベント映像を確認した。
よくやった」
「……ありがとうございます」
「イベントステージは、
航空自衛隊を広く市民に知ってもらうための
極めて重要な広報任務である」
「……はい」
「今後も、全力で取り組め」
一拍。
「……父さん」
「何だ」
「……戦闘より、難しいです」
一瞬の沈黙の後。
「それでいい。
それが“市民の前に立つ”ということだ」
通話終了。
あおいはスマホを下ろし、ため息をついた。
「……空の方が、楽だな」
そう呟きながらも、
口元は、ほんの少し緩んでいた。
空では英雄。
地上ではポンコツ。
それでも彼女は今日も、
ヘリとマイクの両方を背負って飛ぶ。
――任務だから。
そして、仲間と市民のためだから。
次のイベントも、
きっとまた、緊張する。
でもそれを、
誰よりも真面目にやるのが、若林あおいだった。




