空にいるから、全員を見ている ――若林あおい、役目の距離
前線は、いつも予定どおりには進まない。
この日の作戦も、本来は静かな包囲と制圧で終わるはずだった。
だが――小さな連絡ミスが、すべてを狂わせた。
「……通信、届いてない?」
館山みのりが眉をひそめた。
「小春、さつきの位置、更新入ってる?」
「え? さっきまで左翼後方のはずだけど……あれ?」
江戸っ子ギャルの小春がタブレットを覗き込む。
「ちょっと待って、速度おかしくない?」
「……速すぎる」
みのりの声が低くなる。
その瞬間だった。
「前線! 前線出過ぎや!
さつき、止まれ!!」
赤嶺美月の河内弁が無線に響く。
だが、もう遅かった。
三好さつき――
快足を武器にする彼女は、いつの間にか敵陣の奥へ入り込みすぎていた。
「……あれ?
なんか、周り静かすぎひん?」
さつき自身が異変に気づいたときには、
退路は完全に断たれていた。
「しまった……孤立しとる!」
坂井まどかが叫ぶ。
「包囲が反転してる、さつきが餌になってる!」
「クソッ……!」
美月が前に出ようとする。
「ウチが行く!」
「ダメ!」
みのりが即座に制止した。
「今動いたら、被害が倍になる!」
全員が動けなくなった、そのとき。
上空から、静かな声が落ちてきた。
「こちら上空。
対象、確認しました」
若林あおいだった。
誰よりも高い位置。
誰よりも遠い場所。
だが――
誰よりも正確に、全員を見ていた。
「さつき、聞こえますか」
「……聞こえます!
けど、完全に囲まれてます!」
声に、焦りが滲む。
「大丈夫です」
あおいの声は、変わらない。
「今から指示します。
そのまま、私を信じてください」
「……了解!」
ヘリが旋回する。
「小春、まどか。
敵右翼、十五秒後に撹乱が入ります」
「了解!」
「みのり、美月。
前線は動かないでください。
“動かないこと”が、今は最善です」
「……分かった」
みのりがうなずく。
次の瞬間――
上空からの強烈なダウンウォッシュが敵陣を乱した。
砂煙。視界不良。指示の錯綜。
「今です、さつき。
三時方向、十メートル。走って!」
「うおおおおおっ!!」
さつきが全力で駆ける。
「止まらんとけ!
その脚、今日のためにあるんや!」
美月の声が重なる。
ヘリの影が、さつきを覆った。
「回収!」
ロープが落ちる。
さつきは歯を食いしばり、
必死に掴み――引き上げられた。
作戦は成功した。
被害、ゼロ。
静まり返る現場。
「……若林さん」
みのりが無線で言う。
「今の判断、完璧でした。
勲章ものです」
「ほんまやで」
美月も続ける。
「ウチら、何もできへんかった」
さつきは、ヘリの床に座り込みながら言った。
「……ありがとうございます。
助けてもろて」
しばらく沈黙があって。
あおいは、淡々と答えた。
「それが、私の役目です」
それ以上でも、それ以下でもない口調。
「前に出る人がいるなら、
私は全員が帰れるように見るだけです」
小春が、ぽつりと言った。
「……カッコよすぎでしょ、それ」
「演出ではありません」
あおいは即答した。
「仕事です」
ヘリは、ゆっくりと高度を上げた。
空から見下ろす戦場には、
全員が、ちゃんと立っていた。
それでいい。
それが――
若林あおいの誇りだった。




