空では完璧、地上で迷子――令和版ストップ&ゴー事件、勃発
若林あおいは、今日も困っていた。
理由は明確だ。自分が“戦隊ヒロイン”として正解なのか分からない。
ヘリコプターの操縦席に座れば、迷いは一切ない。
天候、風向、機体の癖――すべてが数字と感覚で理解できる。
空では、彼女はエリートだった。
しかし、地上。
それもイベントステージ。
「では次、可愛くポーズお願いします!」
スタッフの声が、敵のレーダー警報より厄介に聞こえる。
あおいは内心で叫ぶ。
“可愛く、とは何だ。定義を示してくれ。”
何より彼女を困らせているのが、戦隊ヒロインの制服だった。
機能性? ほぼゼロ。
露出? 無駄に多い。
キュート? それが問題だ。
鏡の前で、あおいは深いため息をつく。
「……飛行服の方が、100倍落ち着く」
凜としてカッコいい、という評価はありがたい。
だが、フリフリ要素が混ざると、思考が停止する。
自分は戦う側であって、愛でられる側ではない――
その認識が、どうしても拭えなかった。
そんなあおいが、さらに頭を抱える相手がいた。
警察から出向している戦隊ヒロイン、玲奈である。
イベントの立ち位置決め。
これが、毎回荒れる。
「若林さん、次の曲、私が前で止めますね」
玲奈が言う。
「了解。では私は後方で待機します」
あおいが即答する。
「いや、“止める”って、前に立つって意味で……」
「止めるとは、動きを制止することでは?」
「違います」
――こうして始まる。
玲奈は警察仕込みで、“止まれ”の人。
あおいは空自仕込みで、“進め”の人。
結果、ステージ上で
前に出る人と、下がる人が同時に発生する。
客席から見ると、
誰も前に出てこない。
スタッフが頭を抱える中、
二人は真剣そのものだった。
「今、止めました」
「いえ、進行すべきでした」
「止めるべきです」
「進めるべきです」
周囲がボソッと言う。
「……これ、令和のストップゴー事件じゃん」
ここで、歴史が一瞬、顔を出す。
昭和初期、日本では軍部と警察が交通整理で対立し、
軍が「進め」、警察が「止まれ」と指示を出し、
市街地が大混乱に陥ったことがあった。
これが有名なストップゴー事件である。
そして今。
舞台は戦隊ヒロインのイベントステージ。
軍部ポジション=空自のあおい。
警察ポジション=玲奈。
再現度が高すぎる。
「歴史、繰り返すんだね……」
誰かがつぶやいた。
あおい本人は、もちろん歴史オマージュなど意識していない。
ただ、任務として正しい行動を取っているだけだ。
「玲奈さん、衝突の可能性があります」
「若林さん、観客の安全を優先してください」
二人とも、正しい。
正しいが、イベントとしては致命的に噛み合っていない。
結局、遥室長が割って入る。
「はいはい、ストップゴーは会議室まで!
ステージでは“にっこり前進”でいきましょう~」
その一言で、全員が脱力した。
あおいは控室で、そっと息を吐く。
「……地上任務、難易度が高い」
だが、少しずつ変化は起きていた。
他のヒロインたちは、そんな不器用さを面白がり、
「若林さん、真面目すぎて逆に可愛い」と言い始める。
本人は理解できない。
だが、悪意ではないことは分かる。
空では完璧。
地上では迷子。
それでも、彼女は今日も制服に袖を通す。
「これは……任務だ」
そう呟きながら、
あおいは再びステージへ向かう。
令和のストップ&ゴー事件は、
今日も静かに、そして賑やかに続いていくのだった。




