空は得意、ステージは苦手――ブルーより赤い戦隊ヒロイン
石川県小松市。
北陸の空は広い。とにかく広い。視界を遮るものが少なく、晴れた日は空が“近い”と錯覚する街だ。世界的な建機メーカーの本社がどんと構え、空港があり、航空自衛隊の基地もある。町を歩けば、子どもが飛行機の音に顔を上げるのが日常。
この街では、空は遠い夢ではなく、生活の一部だ。
若林あおいは、そんな小松市で育った。
父は元・航空自衛隊の戦闘機パイロット。家に帰れば寡黙、だがテレビで戦闘機が映れば急に饒舌になる、いかにも“昭和の空自父”である。
「高度、風向、雲量はな……」
夕飯時に始まる空の講義に、幼いあおいは黙って頷いていた。
空は、最初から身近だった。
高校卒業後、あおいは迷わず航空自衛隊へ。
理由はシンプルだ。
「空が好きだったから」
それ以上でも以下でもない。
だが彼女の配属は、ちょっと珍しかった。
女性ではまだ少ない、ヘリコプター搭乗員。
体力、判断力、冷静さ。どれも要求される現場で、あおいは淡々と、確実に評価を積み上げていった。
姿勢は常にまっすぐ。
言葉は必要最小限。
無駄な愛想はないが、無礼もない。
そして、ある日。
「政府専用機の客室乗務、やってみないか」
本人が一番驚いた。
“え、私ですか?”
整った顔立ちと、清潔感、規律正しさ。
制服姿のあおいは、確かに映えた。
が、本人は終始、**「任務なので」**という顔だった。
そんなあおいの元に、ある話が舞い込む。
――戦隊ヒロインプロジェクト。
航空自衛隊と戦隊ヒロインの連携を深めたい。
女性自衛官の募集にも繋げたい。
その広告塔として、容姿端麗・品行方正・経歴完璧な若林あおいは、理想的すぎる素材だった。
……本人の意思を除けば。
「イベント……ステージ……?」
あおいは眉一つ動かさず、しかし内心では完全に拒否していた。
空ならいくらでも飛べる。
だが、拍手と歓声の中で笑顔を振りまく?
それは、訓練に含まれていない。
「私は……自衛官です」
あおいは丁寧に、だがきっぱり断った。
だが、ここで最強カードが切られる。
父、登場。
「やれ」
以上。
「いや、理由……」
「やれ」
航空自衛隊幹部となっていた父の“圧”は、
戦闘機のアフターバーナー並みに強力だった。
「広告塔も任務のうちだ」
「空自の顔になれると思え」
「何より……かっこええ」
最後の一言で、あおいは敗北した。
こうして半ば強引に、
若林あおいは戦隊ヒロインプロジェクトに参加することになる。
本人のテンションは、地上滑走中。
いや、むしろ駐機状態。
イベント説明を聞いても、
「……必要最低限で」
衣装合わせでも、
「……動きやすさは確保されていますか」
ヒロイン達が「キャー!」「かわいい!」と盛り上がる中、
あおいだけが静かに立っている。
だが、その静けさが逆に目立つ。
「なんか……カッコよくない?」
「姿勢、反則じゃない?」
本人が一番困惑した。
何もしていないのに評価される現象に、どう対処すればいいのか、マニュアルが存在しない。
ステージに立てば、
笑顔はぎこちない。
手を振るタイミングも一拍遅れる。
それでも――
ピンと伸びた背筋と、ブレない立ち姿だけは、誰よりも美しかった。
「……敬礼、した方がいいですか?」
控室で真顔で聞いて、周囲を爆笑させたのは、この頃だ。
本人は至って真剣。
だが、その堅物ぶりが、逆に愛され始める。
「空は任せてください」
「地上イベントは……努力します」
若林あおい。
空では完璧。
地上では不器用。
だが、そのギャップこそが、
彼女を唯一無二の戦隊ヒロインにしていく――
……と、この時点では、本人だけが気づいていなかった。
あおいは今日も、ステージ袖で小さく息を整える。
心の中でつぶやく。
「……任務だ。これは任務だ」
観客の拍手が、少しだけ、
ヘリのローター音に似て聞こえた。




