宇宙刑事(仮)会議に、空自が着陸した日
東京都港区新橋。
“国家特務戦隊ヒロインプロジェクト推進室”――通称ヒロ室のミーティングスペースは、今日も今日とて平和だった。いや、平和というか、だいぶアホだった。
丸テーブルの周りにいるのは、赤嶺美月、月島小春、白石陽菜。
この三人が揃うと、会議室は会議室であることを諦める。しかも、恒例行事がある。
美月が壮大にボケる。
世間知らずのお嬢様・陽菜が本気で受け取る。
小春が標準語で突っ込む。
ヒロ室は文化遺産か何かなのか。
「陽菜ちゃん、最近なんか悩みあるん?」
美月が、やけに優しい声を出した。こういう時はだいたい罠だ。
「いえ……特に、ございませんけど……?」
陽菜が素直に首を傾げる。
「そっかぁ。ほなええわ。今日から陽菜、火星配属な」
美月がさらっと言った。
「火星……配属……?」
陽菜の目が真剣に丸くなる。
「待って待って、いきなり宇宙人事やめて」
小春が即座に突っ込む。東京下町育ちのツッコミは、歯切れがいい。
美月はテーブルに肘をつき、なぜか偉そうに頷いた。
「いや、来る流れや思うねん。ほら、なんか最近、テレビの……なんやったっけ」
そこへ小春が話題を投げる。
「そうそう! テレビのスーパー戦隊シリーズ、後番組が宇宙刑事だって~」
その瞬間、美月の妄想エンジンが点火した。
「ほら来た! 宇宙刑事や! もうウチらも次は宇宙刑事やろ! 陽菜、火星行って火星の悪の秘密結社と戦うんや!」
「火星に……秘密結社があるのですか……?」
陽菜の声が、完全に“授業で先生に質問する生徒”のトーンになる。
小春が椅子から半分ずり落ちた。
「陽菜ちゃん、それは美月パイセンの脳内だけに存在する団体だから!」
だが美月は止まらない。むしろ熱を帯びる。
「あるで。足八本くらいあるタコみたいな火星人がボスでな。『タコ星団』とか言うねん。宇宙刑事になって、光線銃でバァンよ!」
「タコ……星団……!」
陽菜がメモを取る勢いで頷いた。真面目さが無駄に怖い。
小春が天を仰いだ。
「やめて、陽菜ちゃんの中に“火星の治安情報”として登録されちゃう!」
美月はさらに畳みかける。
「ほな決まりや。陽菜は宇宙刑事・マーズホワイト。ウチは宇宙刑事・オオサカレッド。小春は……えーと……」
「なんで私だけ適当なの」
小春が冷たく言う。
その時、会議室のドアが軽くノックされた。
明るい声がする。
「はいはい、宇宙刑事、かっこええら~」
駿河弁。
遥室長だ。
三人が振り向くと、遥はいつもの“穏やかなのに仕事が早い”オーラのまま、少し横に退いて言った。
「新しい仲間を紹介するね。みんな、ちゃんと座りな~」
美月がまだ「火星のタコ星団がな」と言いかけたところで――
入ってきた人物を見た瞬間、空気がバキンと切り替わった。
若林あおい。
宝塚の男役みたいな中性的な顔立ち。
整えられたショートカット。
背筋はピシャッと一直線で、歩幅も無駄がない。
そして、パリッとした軍服調の戦隊ヒロイン制服が、やたら似合う。似合いすぎて怖い。
さっきまで“火星の秘密結社”で盛り上がっていた会議室が、急に職場になった。
美月ですら、言葉を失った。
陽菜が小さく「……かっこいい……」と漏らした。
小春は何も言わない。言えない。出るのはため息だけだ。
遥室長が紹介する。
「若林あおいさん。みんなより少しお姉さんで、航空自衛隊からの出向だよ。ヘリで空からの輸送や後方支援をお願いすることになる。イベントステージにも立ってもらうよ」
あおいは軽く一礼。
動きが静かで、きれいで、無駄がない。
この人、生活の中に“余計な動作”って概念が存在しない。
美月がようやく息を吹き返し、目をキラキラさせた。
「ヘリコプター……! ええなぁ! ウチら、海外のスパイ映画みたいに、ヘリから出る梯子に捕まって敵の追撃かわすんやな! かっこええわぁ!」
小春がすぐ刺す。
「それ、だいたい落ちるやつだからね」
陽菜が、真剣な顔であおいに質問した。
この流れを止める人間が誰もいないのが、ヒロ室の怖いところだ。
「若林さん……ヘリコプターで……火星まで行くんですか……?」
一瞬。
遥室長の笑顔が固まった。
小春は“終わった”という顔をした。
美月は脳内で何かが爆発したのか、口を開けたまま固まった。
そして――
あおいは、微動だにせず、まっすぐ陽菜を見て、淡々と言った。
「……火星は、航続距離の規格外です。まずは地球の安全から。」
その瞬間、会議室が崩壊した。
「いや真面目に返すんかい!!」
小春が椅子からずり落ちた。
「規格外て言うた!!」
美月が腹を抱えて転げた。
「すみません! すみません!」
陽菜は本気で謝って、さらに混乱を増幅させた。
遥室長は「はいはい、宇宙刑事会議は終わり~」と駿河弁でまとめようとしたが、もう遅い。
吉本新喜劇みたいに、全員がタイミングを合わせて――
ズコーーーッ!!
(※心の中で)
ただ一人、若林あおいだけが転ばない。
転ばないどころか、涼しい顔で立っている。
そして、少しだけ口元が緩んだ。
ほんの一ミリ。
それを見た美月が、床から顔を上げて言った。
「……あおいさん、笑った? 今、笑ったやろ?」
あおいは、静かに言った。
「私は……規律を守ります。」
小春が即座に結論を出す。
「この人、めちゃくちゃ面白い人だわ」
陽菜が、まだ火星を諦めきれない顔で頷いた。
「はい……火星は……地球の次ですね……」
遥室長は、ため息をつきながら笑った。
「うん。まず地球ね。まずは、会議資料ね」
こうして、航空自衛隊から来た“厳粛”が、
ヒロ室の“アホ”を一瞬だけ整列させ、
結局、さらに面白くした。
若林あおい初登場の日。
ヒロ室は、地球より先に、もう一回転した。




