富山湾のマーメイド、焼き鳥論争で戦隊に上陸する
ヒロ室は、今日も平和ではなかった。
「だからな!
焼き鳥は串打ちの職人魂が詰まっとんねん!
外したら、ただの鶏肉やろが!」
赤嶺美月が机を叩く。
「アホかボケェ!
串から外した方が食べやすいやろ!
顎外す気か!」
播州弁全開で返すのは彩香。
議題はいつものようにどうでもいい。
焼き鳥は串から外すべきか、外さないべきか。
「なぁしおりん!
どっちやと思う!?」
突然話を振られ、
近くで台本を読んでいた詩織がびくっと肩を跳ねた。
「えっ?
えっ……?
あの……えっと……」
視線が三方向から突き刺さる。
「答えろや!」
「逃げるな!」
詩織、完全に詰む。
「……や、焼き鳥って……
……美味しいですよね?」
無慈悲な沈黙。
「回答になってへん!」
「しおりん戦線離脱!」
その瞬間だった。
「おーい、相変わらず賑やかやなぁ」
聞き覚えのある大声とともに、
ドアが勢いよく開いた。
ノムさん、登場。
その横には、
腕を組んで苦笑いしている波田顧問。
「あっ!
ノムさん!」
美月と彩香、即座に姿勢を正す。
「お久しぶりです!」
「イベントの件、いつもありがとうございます!」
ついさっきまでの罵声が嘘のようだ。
「なんやなんや、
えらい空気ピリピリしとるやないか」
ノムさん、楽しそうにニヤつく。
美月がすかさず言った。
「ちょうどええとこ来はりました!
ノムさん、焼き鳥は串から外す派ですか!?」
「ちょ、ちょっと美月!」
彩香が止めるが遅い。
ノムさん、即答。
「外す派やな」
「ほら見い!」
彩香、勝ち誇る。
しかし波田顧問が低い声で続けた。
「俺は外さない派だ」
空気が張り詰める。
「理由は?」
彩香が睨む。
「串ごと食うのが礼儀だ」
「意味わからん!」
「それ歯医者案件や!」
四人で一斉に言い合いが始まる。
詩織は、そっと台本を閉じた。
今日はもう読む気がしない。
その騒音の中、
一人だけ完全に置いていかれている少女がいた。
ヒロ室の隅。
ノムさんの後ろに、
小さく、静かに立っている。
氷見ゆりえ。
越中富山から連れてこられた、
まだ状況を飲み込めていない新人である。
目の前では、
焼き鳥を巡って戦隊ヒロインが本気で喧嘩している。
(……ここ、
ほんとに私が来る場所……?)
胃がきゅっと縮む。
その時、
ノムさんがパンと手を叩いた。
「はいはい!
焼き鳥裁判はそこまでや!」
全員が止まる。
「紹介するわ」
ノムさんが後ろを振り返り、
ゆりえの肩をぽんと叩いた。
「ウチの新人や。
氷見ゆりえ」
一斉に視線が集まる。
「……は、はじめまして……」
声、かすれる。
美月と彩香の迫力に、
完全に飲まれている。
(私、
やっていけるんかな……)
そう思った瞬間。
ノムさんが、
いつになく真面目な声で言った。
「ウチのゆりえをな、
戦隊ヒロインの仲間に入れてやってくれ」
一瞬、場が静かになる。
「不器用やけど、
真面目で根性ある子や」
「みんな、
よろしく頼むわ」
美月がにっと笑った。
「任しとき!
……なぁ、ゆりえちゃん」
嫌な予感。
「焼き鳥はな、
串から外す派か、外さん派か。
どっちや?」
ヒロ室、再び静まり返る。
全員が注目する。
ゆりえは、少し考えて――
おずおずと、しかし真剣な顔で答えた。
「……あの……」
ごくり。
「私は……
串ごと一回、全部見ます」
「……は?」
「串打ちの具合と、
焼きの入り方を確認してから……」
全員、固まる。
「……外すかどうかは、
そのあとで決めます」
一拍。
次の瞬間。
「なんやそれ!!!」
「新ジャンルやないか!!」
「審査制!?」
「富山、怖っ!」
ヒロ室、大爆笑。
詩織は机に突っ伏し、
波田顧問は腹を抱えて笑った。
ノムさんは、満足そうに腕を組む。
「な?
面白いやろ?」
こうして――
越中富山の爆乳美少女・氷見ゆりえは、
戦隊ヒロインの世界に、
焼き鳥論争という最悪の入口から、
堂々と足を踏み入れたのであった。
なおこの日以降、
ヒロ室では新たな派閥が誕生する。
「一回全部見る派」。
発起人は――
言うまでもない。




