雪解けの足音と、また鳴り始める野村ラッパ
氷見ゆりえは、自信を失いかけていた。
スタジオで何度も「へたくそ」と言われ、鏡の中の自分が情けなく見える日もあった。
歩き方も、表情も、立ち姿も、どれを取っても平均点に届かない。
それでも彼女は、投げ出さなかった。
派手な覚醒はない。
才能が突然爆発することもない。
ただ、毎日スタジオに来て、
言われたことをノートに書き、
家に帰って一人で繰り返す。
北陸人らしい、地味で、真面目で、粘り強いやり方だった。
「へたくそだけど、昨日よりマシだな」
その一言を支えに、また翌日も立つ。
講師たちは最初、半ば諦めていた。
だが一ヶ月、二ヶ月と経つうちに、空気が変わる。
姿勢が安定し、
視線が前を向き、
笑顔が“作り物”ではなくなっていく。
「あれ……?」
誰かがつぶやいた。
垢ぬけない、地味、素朴。
そう形容されていた少女が、いつの間にか“雰囲気”をまとい始めていた。
決して派手ではない。
だが、目を引く。
講師が頷く。
「……これなら、出せますね」
その言葉で、グラビアデビューが決まった。
初めて雑誌に掲載されたゆりえを見て、業界がざわつく。
「童顔で小柄なのに、あのバランス……」
「見たことないタイプだな」
「これは……写真映えする」
派手なセンターグラビアではない。
だが、確実に“引っかかる”存在だった。
じわじわと話題が広がる中、
案の定――鳴り始める。
「来た来た……」
事務所内で誰かが言う。
ノムさんが、満面の笑みで宣言した。
「言うたやろ!
地殻変動や!
これはグラビア界の構造改革や!」
スタッフ一同、無言。
「ああ、また野村ラッパか……」
「話が十倍になってる……」
だがノムさんは止まらない。
「今はまだ前震や。
本震はこれからや!」
ゆりえ本人は、その横で小さく頭を下げていた。
自分がここまで来られた理由を、まだ完全には理解できていない。
ただ一つ分かっているのは、
雪の下で、静かに耐えた時間が、確かにあったということ。
大げさなラッパが鳴り響くその足元で、
越中富山の少女は、今日も地味に、前を向いて立っていた。
春は、もう始まっている。




