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ヒロインズ・リンク 〜戦隊ヒロインプロジェクト〜  作者: スパイク
プロローグ

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401/532

東京の荒波と、日本刀 ――氷見ゆりえ、父が本気を出した日

越中富山の春は、なかなか暖かくならない。

そして、氷見ゆりえの心も、まだ揺れていた。


正直に言えば――

ゆりえ自身も、なぜ自分がスカウトされたのか分かっていなかった。


確かに、幼い頃から

「色が白いね」

「目が大きいね」

とは言われてきた。


だが、それだけだ。


学校では目立たず、

クラスの中心でもない。


そんな自分が、

東京の芸能事務所から声をかけられる。


最初は、怖さの方が勝っていた。


だが、ノムさんと何度か面談するうちに、

少しずつ変化が起きる。


東京の話。

仕事の話。

夢の話。


どれも、押しつけがましくない。


「無理なら、やめればいい」


「向いてなきゃ、戻ってくればいい」


その言葉が、

ゆりえの胸に、静かに染みていった。


東京への憧れ。

テレビで見る世界。

一度くらい、見てみたい。


――ほんの、少しだけ。


だが、その頃、

ゆりえ不在の家では、

もっと荒れた会議が行われていた。


「私は、行かせてやってもいいと思う」


母は、いつもの落ち着いた声で言う。


「本人がその気なら、

 挑戦してみるのも人生だべ」


姉も頷く。


「大人が道を全部決めるのは違うと思う」


だが――


父は、一言も発さない。


腕を組み、

視線は畳の一点。


沈黙が、重たい。


そして、低く言った。


「絶対に、ダメだ」


空気が一気に張りつめる。


「芸能界なんて、

 人が人を食う世界だ」


父の声には、

漁師として何十年も海と向き合ってきた重みがあった。


「ゆりえは、

 あんな地味な子だ」


母と姉が息を呑む。


「東京の荒波に出たら、

 一瞬で飲まれる」


それは、

誰よりも娘を見てきた父の本音だった。


数日後。

ノムさんが、再び氷見の家を訪れた。


何度目かの面談。


父は、相変わらず冷たい。


「帰ってくれ」


だがノムさんは、引かない。


「今日は、

 父親としてのあなたと話しに来ました」


その言葉に、

父の眉がわずかに動く。


「娘さんを、

 預からせてほしい」


父の目が鋭くなる。


「……預かるだと?」


次の瞬間だった。


父は、立ち上がり、

奥の部屋から日本刀を持ち出してきた。


部屋の空気が、一変する。


漁師仲間から

「ヤクザより怖い」

と言われる所以が、そこにあった。


「万が一のことがあったら、

 どう責任を取る」


刀を床に置いたまま、

父はノムさんを睨む。


母も姉も、息を止めた。


だが――


ノムさんは、

一切動じなかった。


視線を逸らさず、

静かに言う。


「その覚悟がないなら、

 ここには来てません」


声は低いが、揺れがない。


「私は、

 あなたの娘を守る覚悟で、

 この世界を生きてきました」


父とノムさん。

二人の男が、無言で向き合う。


海と芸能界。

まったく違う世界だが、

命を預かる覚悟だけは、同じだった。


しばらくして、

父は日本刀を戻した。


「……」


何も言わない。


だが、

その背中は、ほんの少しだけ力が抜けていた。


「簡単には、認めん」


それでも――


「話を聞くくらいは、

 してやってもいい」


それは、

高岡の海に、

初めて小さな凪が生まれた瞬間だった。


越中富山の春は、

まだ冷たい。


だが、

確実に、季節は動き始めていた。

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